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なんな
30代。幼稚園教諭&主婦&母親 普通に頑張ってきた私。  いつからか そんな自分が大嫌いになっていった。 うつ病・・・ 恐るべし。
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2008年08月29日 Posted by なんな at 23:41 | うつ病 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
うつ病ママ・・雨に打たれて。。。
うつ病ママ。。。なんな。。。

あと2日で 仕事かぁ〜 

もっと短い 夏休みの方が ほとんどなのだから

贅沢な ボヤキかな・・・

会いたくない人の 顔ばかり浮かんで 不眠が酷い。

案外 仕事が始まってしまうと 落ち着くものなんだけど・・・

長めの休み明けは いつでもそう。。。

考えすぎて 考えすぎて・・・落ち込む

馬鹿みたいだな・・・自分。

副業の 広告配布 頑張ってる 1人でマイペースに・・・

気が楽 あんまり 収入は良くないけど

来年まで お金ためて もし 貯まったら・・・

よく夢に出てくる 昔の趣味、スキューバ・ダイビング 復活するんだ。。

それまで・・・それを目指して 生きていなきゃね。。。。

2008年08月26日 Posted by なんな at 23:50 | うつ病 | この記事のURL | コメント(1) | トラックバック(0)
うつ病ママ・・・夏休みもあと少し・・
うつ病ママ・・・なんな。

夏休みが苦手と言いつつ・・・もうすぐ  仕事が始まる・・・

いいや・・・ 職場で職場の方々と顔を合わすと思うと。。。苦痛

子ども達に会いたいし 保育もしたい。。。

でも、偏見の目で見られたり そんな発言にも うんざりだ。

全ては カミングアウトした 自分の責任だけど・・・

カミングアウトしないことも もう辛かった・・・

だから これで良かったと思うしかない。

今週は 魔の カウントダウンのように 過ぎている・・・

2008年08月26日 Posted by なんな at 00:33 | うつ病 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
うつ病ママ・・少し落ち着いた。。
うつ病ママ。。。なんな。 

今日は 友達の家で のんびり1日 過ごさせてもらう。

子どもの食事も全部 世話してくれる 気心知れた友達。

助けられる。 あと少しで 死ぬところだった おとといの事が

嘘のように 今日は 笑って過ごした。

私は 周りの人々の暖かさの中 生きている。生かされている。

私の親戚は 生後11ヶ月で 我が子を亡くした。

難病だった。

それはそれは 辛い 闘病生活・看病の日々だった事だろう。

数年前に 自費出版で その事を 本に書いて 出版している。

結婚していたし 離れた所に住んでいる事を理由に お見舞いにも

行けなかった・・・行かなかったのかもしれない・・・・

自分はそんな 人間だ。

そんな 私に 優しくしてくれる 皆さん。。。

本当に ありがとう。そして 我が子を亡くした親戚が

私のブログを見て コメントの詩をくれた。

掲載させていただく。

************************************

我が子からの無償の愛に、自分の愛情がちっぽけだと感じる

親の都合に振り回されようが
親の勝手な言い分に騙されようが

真っ直ぐな瞳で
「大好き!」と言ってくれる寛大さに感謝する
と共に 自己嫌悪に陥る

私はなんてダメな親なんだろう・・・

そんな私に子供達は
「あなたでいい。あなたがいい」と言ってくれる

他の誰でもない
大切な我が子たちが
「あなたがいい」と言っている
「今のあなたで十分だ」と

だから 私も伝えよう
「私もあなた達が大好きだ」と
心から伝えよう

きっと それだけでいい

物質的な何かを頑張る必要なんて
きっと それほど重要ではない

私はこんなに愛されている
私も家族を愛している

だから少し
自分も愛してみよう・・・

子ども達が「大好きだ」と言ってくれる
私自身の事を 愛してみよう・・・

*************************************

ありがとう(涙) あなたが 苦しいときに 大変なときに

何も出来なかった、いや・・・しなかった・・・

こんな人間に 助けの手を差し伸べてくれて・・・

本当に ありがとう。。。。


2008年08月25日 Posted by なんな at 12:02 | 健康 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
うつ病ママ・・女である限り・・
うつ病ママ・・なんな。。。 これでも 女であることは 忘れたくない。

いくら 病人だって 化粧ひとつせず ノーブラで ジャージで・・・・

昼間の街を 歩くようになったら・・・ もう 入院した方がいい

と言うことで 肌には 特に 気遣っている。 妊娠中に油断して

出来てしまった シミの気になる事といったら

そんな お肌のための お助けマン!!  ヒアルロン酸・コラーゲン

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2008年08月25日 Posted by なんな at 11:23 | 健康 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
うつ病ママ・・健康について
うつ病ママ・・・なんな。。

kyouちゃん コメント ありがとう。。。

今日は 少し 元気です。

**************************************

私のように 薬に頼りっきりの人間は どうしても 食事すら 

おろそかになりがち

私と同じような方や 仕事、育児で忙しい方へ サプリメントを

お勧めいたします。

ちなみに お産の直前 ひどい貧血だった私。病院からの「鉄剤」

が 体に合わず 嘔吐。。。

主治医に「栄養のある サプリメントを飲みなさい!」

と 勧められました。 たかが サプリメント・・と思わず

ぜひ お試し下さい!! 倒れてからでは 遅いですよ〜

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2008年08月24日 Posted by なんな at 22:53 | うつ病 | この記事のURL | コメント(1) | トラックバック(0)
うつ病ママ・・昨日不調につき
うつ病ママ。。。なんな。。。旅行以降 不調

昨日は うつが酷く 家事も育児も 上手くいかず、 手に持っていた

気がするものが 無くなってしまい・・・探しているうちに 他の事

が おろそかになってしまったり。

夫も手伝って家事や育児、探し物もしてくれる。それを見ていると

ダメな自分が 尚更 嫌になった。子ども達にもヤツ当たりしてしまう。

しかし、すぐに後悔して2人を抱きしめた。友達に言われた

「子どもは 親を選んで産まれて来るんだよ」

その言葉を思い出し 2人に向かって言った。

「なんで・・なんで あんた達・・私なんか選んできちゃったの?

もっといい お母さんいっぱい居ただろうに・・・なんで

ママのお腹に入っちゃったの・・・(ノω・、)」

先日の旅行中の苦しい胸中も 追い討ちをかけ 気づくと 雨の中 

サンダルで ビショビショになりながら 歩いていた。

初めは 神社へ行こうと思った。

でも・・・途中の 薄暗い小さな踏切で 足が止まった。

もう 終わりたい。終わらせてほしい。

踏切が鳴る。。。閉まったバーに手をかけた。震えた。


三歳の息子は 電車好き。それ以上に 踏切好きともいえる。

言葉の遅い息子は「カーンカーンカーン!!」と言いながら

おもちゃの電車を走らせて遊んでいる。2〜3週間前

姉のバレエレッスンを待つ間 バレエスタジオ横の踏み切りで

息子の大好きな 電車をたくさん見た。近くで 見せてやろうと

白線の上に乗った。息子は あわてて「ママ メッ!よ。あぶあぶよ。

(危ないよ)」と言った。保育園のお散歩で 先生に

言われているのだろう。


踏み切りのバーを握り締め 震えながら、泣きながら 息子の言葉を

思い出していた・・・「ママ、メッ!よ。」

電車が来るまで 長く長く感じた。 電車がきた・・・・

少し我に返った私は 「生きてほしい」と祈り 障害を持ちながらも

生きている 母より先に 死ぬことが許されるのか・・・?

瞬時に 頭をよぎった。

電車が通り過ぎた・・・・・・。バーが上がっていった。


ビショビショで帰宅した私を「探したよ。どこにいたの?」

夫は 静かに迎えてくれた。ビショビショの私に フロに入るよう言うと

後ろから 息子も ついてきた。「Oちゃん(仮)も 頭 洗えるよ!!」

何も知らない 無垢な笑顔に 胸が締め付けられた。


夫は 焼肉屋さんに私を連れて行って 「食えば元気になるさ

と言った。 娘も 息子も 笑っていた。「ママ・・好き?」

2人に聞くと「ママ好き!大好き!」と抱きついてきた。

ごめんよ・・・ごめんよ・・・・






2008年08月23日 Posted by なんな at 17:29 | うつ病 | この記事のURL | コメント(1) | トラックバック(0)
うつ病ママ ・・・母との旅行
うつ病ママ・・・なんな。 母が病気になる前に 何度もした口約束。。。

「旅行に連れて行ってあげる!温泉に連れて行ってあげる。」

母が「危篤」と 宣告されたときには、泣きながら 

「口約束だけで・・ごめんね。」

と何度も 何度も 後悔した 約束。ついに 果たしてきた。

************************************

一泊二日の中に めいいっぱい 色々なイベントを詰め込んで。

藍染め体験や ぶどう狩り。しいたけ狩りに SL乗車。 川くだり・・・

母の楽しそうな顔が見たくて 必死に・・・

障害のある母には 実際に行ってみると 大変なこともたくさんあった。

ちょっと デコボコになった ぶどう狩りの農園もちょっと目を離せば

バランスを崩し 転んでしまう。手先や目にも障害のある母には

藍染の絞りは 難しかったのかもしれない・・・それでも・・・

母は 「楽しい。幸せ〜」と笑ってくれる。

本当か? 私に気を遣っているのか分らない。

でも 私も そんな母を前に 「お母さんが、生きていてくれたからだよ!

私も楽しいよ!!」必死で笑い 必死ではしゃいだ。


温泉好きの両親。 上の子が産まれてからも私は 何度か両親の旅行に同行

させてもらっていた。

母は、上の娘を抱いて 楽しそうに 露天風呂やジェットバスで 

自由に楽しんでいた。旅館内の遊戯場でも 上の娘と 大はしゃぎだった。


比較してはいけない。今だけでも忘れないと。。。思えば思うほど

その時の母の 様子が 蘇ってきた。温泉には 私が介助して

入れるしかない。温泉内の少しの段差も、バランスが取れない母には

ものすごく大変だった。シャワーのお湯にまぎれて 涙が流れた。

なぜ 母は こんな体にならなければ ならなかったのか?

くやしい。 上の娘と はしゃいで笑う母には もう二度と

会えない。


旅行から帰って あっという間に うつ病に飲み込まれている。

必死に 自分に 嘘をつきすぎた。

なぜ 私は 「生きててくれて、なおかつ 旅行にも一緒に行けた!」

と喜ぶことが 出来ないのか??ダメな 弱い自分だ。

そんな 自分が 大嫌いだ。。。だから・・・・・・・・・

もう 誰よりも 先に この世から 去りたいんだ。。。

私の思いは、願望は、気持ちは・・・弱く わがまますぎる。。。



2008年08月20日 Posted by なんな at 23:24 | うつ病 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
うつ病ママ・・母が倒れた日 続続々編
うつ病ママ なんな...今日は 主人も共に 精神科へ。

「自分に出来ることは?気をつける事は?」

主治医に 細かく指示を仰ぐ主人を見ると 情けなく 悲しくなる・・・・

こんな 私と結婚したから・・・別の女性と一緒になっていたら

毎日 笑顔の日々だったろうに・・・ごめんね。ホント ごめんね(ノω・、)

*****母の倒れた日 リハビリ そして今****************

無事 リハビリセンターへ入院した母は 背中にセンサーをつけられた。

徘徊するからだ。鍵のある門を ものすごい力で開けて エレベーター

に乗り 他の階へ行ってしまう。本人に看護士さんが聞くと「家に帰る。

電話ボックスへ行くの」と言う。実際には 電話は 一階の出口

横にしかない。 ナースステーションの電話を手に持たせると 少し

落ち着く。しかし 電話はかけられない。番号が分らない。。。。

私の家から 近くなったので 子どもを連れて こまめに母に会いに

行ける様になった。しかし・・・徐々に 「目をそらしたい」

「現実から逃げ出したい」と思う自分が 現れだす。兄の時の事と

重なり さらに 自己嫌悪に陥った。私は・・・弱く ずるい人間だ。

「行きたくない」と言う気持ちで 母に会う。偽りの笑顔で

「お母さん!会いたかったよ!」必死で笑った。

食事は 食堂に集まり 食事をする。自分のことは自分でするという観点

と 気が散るからという観点から 家族の入室は禁止だった。でも・・・

前掛けをして 麻痺のある手で こぼしながら 食事をする母を

見ていられず 何度もこっそり 母の近くにしゃがみ込んで

ただひたすら ただひたすら・・・言葉なく 泣いた。

そんな私に 母は「なんな(仮)疲れてるのね?あなたも 一緒に

旅行にでも行きましょう。」と言った。 私が 「連れて行って

あげる」と言っていた旅行。。。ごめんね。。。私の涙は止まることなく、

看護士さんに「あんまり無理しないで。」とよく 声をかけられた。

土曜日・日曜日は 退院後に備えて 家へ連れて帰り 家での生活

練習をするようになった。 実家より ウチの方が リハビリセンターに

近いので 父も 週のほとんどを ウチで過ごし 金曜の夜に 母を

連れてウチへきて、食事をし、 土曜・日曜分の食料品の 買い物をして

実家へ帰るというのが、一週間の流れとなった。

母が退院した12月半ばから さかのぼって 一ヶ月。11月半ば。

私は 自殺未遂をし 入院した。 その話はまた後日。

母の事と育児に 精一杯で・・・自分の体のことも 精神のことも

すっかり 頭から 抜けてしまっていた。うつ病の病魔は あっさりと

そんな私を 飲み込んだ。

とにかく。。。母は 何とか 杖と人の支え(腕をつかむ)で歩けるようになり

トイレも お風呂も 父の手助けのみで 入れるようになった。

母は 奇跡的に この世に 踏みとどまったのだ。

########### 現在の母は ##################

自分が障害者であることを 認識しだすほど 脳が 回復してきている。

その分 本人は「こんな 皆に迷惑をかけてまで生きていたくない」

とか 「死にたい」とか・・・私と同じ様なことを言って苦しんでいるが・・

母の退院が決まる頃 このまま退院させては 引きこもりになり

下手すれば 2人で 心中してしまうかもしれない両親のため

母の障害「高次脳機能障害」専門のサークルをPCで探した。

あまり 知られていない 脳障害だけに 実家のある市内にはなかったが

車で30分圏内に 見つかった。ラッキーだった。 代表の方に

承諾を得ていないので 名前は出せないが 今 母と父は その

サークルで 音楽・クッキング・ゲーム・絵画などを通し リハビリ

を行いながら 楽しく生活している。  堅物な父は・・・「オレは

付き合って行っているだけだ!本当は 大変だ!」と良く愚痴を

こぼしているが・・・引きこもり 心中よりは マシだろう・・・

記憶がなくなる事が 今 私にとって 1番辛いこと。

明日から一泊 ずっと前に約束した 旅行へ母を連れて行く。藍染や

ぶどう狩り・・・母の好きそうな事を 盛りだくさんに詰め込んで

企画した。 でも・・・ 日が経てば 忘れてしまう・・・

脳障害になる前に 連れていけなくて 本当にごめんね(´;ェ;`)

写真 いっぱい撮ろう!! 少しでも 記憶に残ってくれますように・・・

***********************************

これでも かなり かなり 話を短くしたが・・・続続々編まで続くとは。。

そのくらい 私の人生にとって 大衝撃な 出来事だった・・・・  


2008年08月19日 Posted by なんな at 00:05 | うつ病 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
うつ病ママ・・母の倒れた日 続々編
うつ病ママ なんな。。。やはり 夏休みは苦手。 去年に引き続き 記憶なく

うつ状態から パニック状態 過呼吸になり 救急搬送

母の倒れたときの話が途中のままなので 上記↑の話は また後日・・

という事で ブログが ご無沙汰になってしまった

********母が倒れた日。。それからリハビリ開始へ****************

恵比寿の病院に入院して3ヶ月弱・・・母は歩行器のようなものに支えられながら

歩くことも出来るようになった。しかし 母の脳は 私たち家族の思う様には

回復してくれなかった。「病院に閉じ込められた」と思い込み 暴れる。

点滴の針を自分で引き抜き 「帰る!!」と騒ぐ。

どうにもならなくなると、看護士からウチへ電話が来た。

「どうしても 暴れてしまって・・なんな(仮)さんとお話させろと・・」

電話が看護士から母へ渡される。ものすごい勢いで母が怒る。。。

「あんた どういうつもり親をこんな所に閉じ込めて

返す 言葉がなく「お母さんが・・・病気だから・・私も家に連れて

帰りたいよ・・・もう嫌だよ(T▽T)」言っても しょうがない言葉を

並べた。「なによ!とにかく すぐ出してちょうだい!」

会話にならない。。。看護士さんに噛みつく。徘徊する。。。

痴呆症に似た症状だった。ナース・ステーションに連結された部屋。

母は 完全に監視されるようになった。父と話し合い 母をリハビリ

専門の病院へ転院させることにした。私の家の近くに 国立のリハビリ

センターがある。そこを勧められ 説明会に行く。

母の全カルテは もう送られてきており 医師からの話を聞く。

そこで聞いたことのない 障害を知る。「高次脳機能障害」

記憶不能・気性コントロール困難・周囲の状況把握不能・

方向や時間の理解困難・徘徊。。。。他

色々なケースが この脳障害に該当する。母もかなり該当箇所

があった。 ここで リハビリをお願いしよう。父と決めた。

退院からリハビリセンターへの入院まで 2日間でも 家に

母を帰してあげよう。と言うことになった。退院前日 母に

食べたいものを聞くと 「ちらし寿司」と言っていたので

お帰りなさいパーティーと はりきって ちらし寿司を

作った。実家は エレベーターなしの3階。何とか

階段を登らせ 部屋に着く。「疲れた」と母は横になる。

自分の居場所の理解も 曖昧だった。あんなに帰りたがっていたのに

喜ぶ姿は どこにもなかった。 起きて「お腹がすいた」

と言う母に 「ジャーン!!お母さん おかえりなさい!!

と ちらし寿司と 私の出来る限りの手料理を振舞った。

「いただきます」母は 淡々と食べ物を口に運び また 「疲れた」

と 布団にもどった。

私は何を期待していたのだろう??5分前の記憶もなくなる母が 昨日

「ちらし寿司」を食べたい。と言ったことなんて 覚えているはずないのに。


私は 幼い頃から 母にサプライズプレゼントをするのが 大好きだった。

料理やお花 母の欲しがっていた物をこっそり買ったりして・・・

母は 仕事から帰り 私のサプライズプレゼントを満面の笑みで

「わぁ〜ありがとう」と喜んでくれた。

そんな母の喜ぶ顔が 大好きだった。


あの母には もう会えない。。。。屋上に1人あがると 子どものように

泣きじゃくった。悔しくて 苦しくて 疲れ果てて・・・

*************************************

やはり 書ききれない・・・また 続続々編へつづく。。。。。

2008年08月13日 Posted by なんな at 17:26 | うつ病 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
うつ病ママ・・母の介護
うつ病ママなんな・・・前回のブログを書いていたら 辛いことを思い出して

体調が悪くなってしまった・・・ 果たして 辛い気持ちを

ブログにぶつけることは いいことなのか??

とりあえず 途中まで 書き出してしまったから・・・話の続きを

********母の倒れた日そして、介護へ・・・(続編)*********
 
「危篤」と言われた母は、2度の手術に耐え 植物状態となった。

生まれて初めて見る 植物人間。なんて 残酷なんだろう。。。

まるで 自分の母が蝋人形になったようだ。首と目だけは動き 時折

咳もした。私の言葉や 娘の言葉には 何も反応はなく もちろん

表情一つなかった。それでも「今日は 暑くてね・・電車も混んでいてね・・」

一方的な会話を ひたすら続けた。そうしていないと・・・ 

錯乱してしまいそうだった。。。でも 母にすがりながら 話しかけながら・・

涙は 止まる事がなかった。 「危篤」と言われたとき 私も父も

「命だけでも 助けてください」と医者に お願いした。

しかし 植物状態の母を前にすると 「意識だけでも・・」

と思うようになっていった。 人間とはそういうもんだ。。。

医者も「皆さん 同じです。少しでもよくなってほしいのですから」

と言っていた。 私にとって さらに苦痛だったのは 母のオムツ

を買うこと。脳に衝撃を与えてはいけないので オムツ換えは 看護士さん

のみが 行ったが 私には 1ヶ月前まで 息子のおむつを換えてくれていた

母の 大人用オムツを買うことが 辛かった・・・

毎回 オムツ売り場の前で 泣いた。店員さんに 「大丈夫ですか?」

と良く聞かれた。手に取るまでに 30分かかることも あった。


母の最終手術 脳の水抜きのパイプを入れる手術が行われた。

これで 意識が戻らなければ 一生 植物状態決定だ。

父は 「頑張れお母さん。家に帰ろう!」何度も繰り返した。

そういえば・・・あの 亭主関白な父が 1日たりとも休まず 片道

1時間以上のこの病院へ 通っている。毎日 母の体をさすり

顔を拭いている。。。 ケンカばかりしていたのに・・・

これが 夫婦の形なんだ 自分の親ながら 感心した。

結局 その手術で 母は 少しずつだが 意識と記憶を 取り戻していった。

トイレも食事も会話も 赤ちゃんのように手がかかる。

でも・・・「私は誰だ?」と言う質問には「なんな(仮名)。

自分の子どもの名前 忘れるわけないでしょ」必ず言った。

1分前の事も 忘れてしまう母が 私の名前だけは 確実に言えた。

嬉しかった。。。孫の名前は 曖昧だったが それを 求めることも

贅沢だろう・・・と自分を 納得させた。   

再び 続く。。。。。。。。


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