プロフィール

joker1960

http://fanblogs.jp/gianst/index1_0.rdf
















リンク集










<< 2008年08月 >>
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31










日別アーカイブ










月別アーカイブ










カテゴリアーカイブ










最新記事










最新コメント












最新トラックバック



























2008年08月31日
復帰初V打!李が巨人も「金」に導く
 ◆阪神2―3巨人(30日・甲子園) 巨人が首位攻防の第2ラウンドを制し、阪神と再び7ゲーム差に戻した。初回、5番に昇格した李承ヨプの適時打で先制し、6回に阿部の適時二塁打などで加点。投げてはグライシンガーが8回1失点の好投でハーラー単独トップの13勝目を手にした。李は6、8回にも安打し、今季初の猛打賞をマーク。前日から1四球を挟んで5打数連続安打と猛打が止まらない。北京五輪で韓国を金メダルに導いた英雄が、今度は巨人は奇跡の逆転Vへ導く。

 笑顔はなかった。李は一塁ベース上で大きく息を吐いた。「とにかく結果が出てよかった」わき返る三塁ベンチに目をやると、じわじわと喜びがこみ上げてきた。

 原監督の期待にひと振りで応えた。4月9日の横浜戦(横浜)以来、約5か月ぶりに「5番」を任された。初回、2死一、三塁、カウント0―1からの金村暁の真ん中に甘く入ったフォークをとらえた。「当たりは今ひとつだったけど、コースがよかった」鈍い音を残した打球は、一、二塁間を抜けていった。先制の右前適時打。北京五輪からチーム復帰後、初打点をマークし、安堵(あんど)感が全身を包み込んだ。

 記憶は確かだった。ロッテ時代の04年と05年、日本ハムの金村暁と対戦した。対戦成績は打率3割1分3厘(16打数5安打)、1本塁打、4打点。打席では低めの変化球で勝負してくる右腕の姿を思い浮かべていた。「以前と同じイメージだったよ」狙い通りのスイングで、虎の出はなをくじいた。

 完全に吹っ切れた。先頭で迎えた6回に江草から左前安打を放ち、追加点のきっかけを作った。8回には大きくバウンドして投手の頭を越えるラッキーな二塁内野安打。今季初の猛打賞を記録し、これで前日(29日)の同カードから四球を挟み5打数連続安打となった。「状態はよくなってきている。振れてきているし、運もある」と満足げにうなずいた。

 開幕直後から不振に陥り、長い2軍生活が続いたが、北京五輪で完全復活への手応えをつかんだ。準決勝の日本戦で岩瀬から決勝2ラン。続くキューバとの決勝でも初回に先制2ランを放ち、金メダルに大きく貢献した。「今は自信を持って打席に入れている」と胸を張った。

 五輪の疲れはある。しかし、決して口にはしない。入念なマッサージやストレッチを欠かさず、白坂トレーニングコーチも「五輪後もコンディションを保てている」と太鼓判を押す。毎日のケアの積み重ねが、結果につながった。

 クリーンアップ起用の期待に一発回答した背番号25の姿に、原監督も「今日はラッキーボーイ的な存在で、非常にいい仕事をしてくれた」と目を細めた。クライマックスシリーズ進出マジック25を再点灯させ、阪神とのゲーム差は再び7。バーンサイドの抹消期間に結果を残す必要のある李は言葉に力を込めた。「毎日が勝負です」目を覚ましたアジアの大砲が、逆転Vへの道を切り開く。

2008年08月30日
原巨人痛すぎる 意地は見せたが…金刃と林で7失点 自力V消滅
 ◆阪神7―5巨人(29日・甲子園) 巨人が首位・阪神との直接対決で終盤、粘りを見せながらも敗れ、自力Vが消えた。先発の金刃が初回、2死から林、関本の連続適時打を浴びて3失点。3、4回にも2死からタイムリーを許すなど、中盤までに7点ビハインド。阪神の先発・下柳に6回まで無得点に抑えられていた打線は7回に反撃。2死からの5連打で3点を返し9回には2点差まで迫って球場を沸かせたが、連勝は4でストップ。クライマックスシリーズ進出マジックも消滅した。

 あきらめることはなかった。6回までの7点差を、9回には2点差にまで詰め寄っていた。なおも2死一、二塁。一発が出れば逆転の場面も、小笠原が右飛に倒れて怒とうの反撃は終わった。勝利への執念はあと一歩、届かなかった。「やっぱり、前半の5点は重いですね」原監督は開口一番、そうつぶやいた。期待の左腕が序盤に試合を壊した。それが最後の最後まで響いた。

 先発の金刃は初回、先頭の赤星に四球を与え、2死二塁からも金本を歩かせた。そこから連続タイムリーを浴び、いきなりの3失点。3回には1死からの四球がまたも失点につながり、4回5失点でのKOだった。4四球は自己ワースト。内角を攻めきれず、外角の際どいコースはボールとなり、勝負球は甘かった。父・朝則さん(56)が見守る中での試合だったが、負の連鎖から抜け出せなかった。

 重圧はなかったという。「ボクには失うものはないですから。慎重になり過ぎてコントロールを乱し、フォアボールを出してしまったことが悔やまれます。勝負どころで真ん中に集まり打たれてしまった。まとまってしまったら意味がない。インコースを攻め切れなかった」試合後は気丈に言葉を並べたが、悔しさは隠せなかった。

 原監督が監督室に金刃を呼んだのは5月中旬だった。大学時代に比べると年々、球速が落ちていることを指摘。「プロに入って下手になっているのはどういうことだ!」と叱咤(しった)し、2軍に落とした。約3か月間の2軍で結果を残し、1軍でも中継ぎで活躍、先発の座をつかんだ。指揮官は、だからプロ2年目のサウスポーに大事な一戦を託した。しかし、期待は裏切られた。「金刃は正面切って戦える選手だが、今日はハスに構えたピッチングになった」試合後の表情は険しかった。

 打線も6回までは下柳の前に2安打と沈黙した。原監督も「仕掛けという点ではもう少し早めが必要だった」と振り返った。40歳以上の投手に敗れるのは今季4度目。阪神の40代となると、1949年10月8日の若林忠志以来で実に59年ぶりだった。敵地での3連戦は黒星スタートで、自力Vが再び消え、ゲーム差は8に開いた。クライマックスシリーズ進出マジックも一日で消滅。グライシンガー、内海での連勝。もう、これしかない。

2008年08月29日
骨髄移植の少年が、始球式で上原投手と約束の再会
 「GIANTS PRIDEキッズシリーズ」最終日の28日(木)、昨年秋に骨髄移植を受けた新潟県上越市の小学3年、斉木翔太君(8)が、始球式を務めました。移植直後の昨年12月、巨人軍の上原浩治投手と木佐貫洋投手が、翔太君が入院していた神奈川県内の病院を慰問、元気になったら東京ドームで再会することを約束していました。マウンド上で、この日先発の上原投手と約束の再会を果たした翔太君は「ここまで頑張ってこられたのは、上原投手との約束があったから。また会えて、すごくうれしかった」と笑顔を見せていました。

 翔太君は、次第に体の自由が利かなくなる難病を抱え、昨年秋に唯一の治療法とされる骨髄移植を受けました。翔太君は白血球型(HLA)が適合する骨髄提供者が見つかって移植を受けることができましたが、同じ病気を発症した4歳上の兄・雄太君は、提供者が見つからず、2006年4月に10歳で亡くなりました。

 翔太君の父親・秀雄さん(40)と母親・桂子さん(44)は07年夏、プロ野球選手になることを夢見ていた雄太君のことをつづった手紙を、骨髄バンクを支援している巨人軍に送り、斉木家と球団の交流がスタート。翔太君は昨年7月、雄太君の想い胸に東京ドームのマウンドに立ち、兄のグラブを着けて始球式を務めました。

 骨髄移植は成功したものの、翔太君は、薬の副作用や免疫力の低下などで、高熱や下痢に加え、口中に広がった口内炎で食事ものどを通らなくなり、当時22キロあった体重は4キロも減るなど苦しみました。

 昨年12月、上原投手と木佐貫投手が神奈川県内の院内学級を慰問、同じ病院の無菌室に入院する翔太君を見舞いました。翔太君と2投手はこの時、「元気になったら、東京ドームで再会しよう」という約束を交わしました。

 翔太君は、今年1月に退院しましたが、当初は少し運動しただけで1週間近く熱を出してしまうなど体調が安定せず、7月に主治医からお墨付きをもらうまでは感染防止のため映画館や飛行機など不特定多数の人が集まる場所に入ることを止められていました。そんな闘病生活が続いたものの、2投手との約束を支えに翔太君は順調な回復を見せ、始球式の日を迎えました。

 28日の試合開始直前、翔太君は昨年と同じく上原投手の背番号入りTシャツに兄のグラブを着けて、上原投手と一緒に“約束”のマウンドに立ちました。雄太君の遺影を抱えた両親やドームの大観衆が見守る中、やや緊張しながらも、大きく振りかぶる豪快なフォームから投じた白球は、ワンバウンドながらも見事にストライクゾーンに収まりました。

 大役を終えた翔太君は「(マウンドで)上原投手から『頑張ろうな』と言われた。去年は右に外れたけど、今回はストライクゾーンに投げられて良かった。お兄ちゃんの分まで元気に過ごして、将来はプロ野球のピッチャーになりたい」と満足そうに話していました。

 上原投手は「昨年12月に病院で見舞った時、無菌室にいた姿を思い浮かべると、想像もできないような力強い球を投げていました。元気になった翔太君と再会して、うれしく思うと同時に、僕の方が励まされ、力をもらえた気がします。翔太君のように骨髄移植さえ受けられれば、治る病気はたくさんあるので、これからも自分にできることをしていきたい」と感想を述べました。

2008年08月29日
小笠原!ラミ!谷!初回フィーバー3連発
 【巨人7―1横浜】試合開始わずか数分で3度も大歓声が上がった。初回だ。巨人の小笠原、ラミレス、谷がチームで今季2度目の3者連続弾。クリーンアップに限れば88年の中日戦(札幌)以来、実に20年ぶりの快挙だ。3発で初回に一挙4得点。上原の2年ぶり先発白星を後押しした。

 まずは1死二塁で小笠原が中越えに2試合連続となる26号逆転2ラン。続くラミレスは左翼席上段にリーグ単独トップを走る34号ソロをぶち込んだ。締めは谷の右翼席への8号ソロ。3方向への3連弾で主導権を握った。6回も追加点を挙げる適時打で計3打点の小笠原は「3連発は鳥肌が立った。みんなの声援があったから打てたんでしょう」と笑顔で語った。

 これで小笠原とラミレスのアベック弾は10戦全勝。10発を量産した7月に比べて8月は4本目と打撃が下降気味だったラミレスも「スイングを修正して理想の形で打つことができた」と自画自賛した。勢いに乗じて3発目を放った谷は「ボールをしっかり叩くようにした」と手応えをにじませた。

 88年は札幌・円山球場で4番としてクリーンアップ3連発を演出した原監督も「3発が大きかった。何とかしようという部分が出た」とご満悦。李スンヨプが戦列に加わり、5回は代打で二岡が犠飛を放った。役者がそろい、厚みを増した重量打線。この勢いで虎をのみ込む。

2008年08月28日
大道芸!男38歳代打V弾!原監督仰天逆転3連勝!
 ◆巨人3―2横浜(27日・東京ドーム) 巨人が代打・大道の一振りで連勝を3に伸ばした。同点の8回、左中間へ勝ち越しの2号ソロ。打ち崩せなかった三浦の降板で得たチャンスを、ベテランが勝利に変えた。4回に小笠原の25号で反撃へののろしを上げ、6回には約3か月ぶりにスタメン出場した亀井が同点の中前適時打。自力Vを復活させ、負けた首位・阪神とのゲーム差を7に縮めた。28日に先発復帰する上原で4連勝し、週末は敵地の甲子園で猛虎を脅かす。

 やってのけたことを、しばらく信じられなかった。「まさか、あれが入るとは…」お立ち台と会見で、大道は何度も繰り返した。こすり気味にはじいた打球は左中間フェンスをぎりぎり越えた。一塁ベースを全力で回ると速度を緩め、一塁ベンチを指さしてナインをあおった。勝ち越しの2号ソロは、現役最多となる13本目の代打アーチ。手ごたえは中飛だった。「いい球場です」打球が飛ぶと言われる東京ドームに最敬礼した。

 同点の8回1死、ネクストサークルで越智の代打に備えていた。ベテランらしく、「(前打者の)坂本にストレート系(のボール)が多かったので、そろそろスライダーがくるだろう」とにらんでいた。経験に裏打ちされた読みに初球から振る積極性が加わり、劇的な一発を生んだ。

 練習と試合中、右の軸足に体重を残して上体が突っ込まないように、タイミングの取り方を修正した。ベンチ裏で受けた二岡からのアドバイスが効いた。「きょうは二岡さまさまです。18年前に、この打ち方をやっていれば、もっといい選手になれたのに」と笑わせた。ベンチへ戻ると、テレビカメラに向かって左右の手を頭の両側でクルクル回した。「最近(笑いの)腕を上げている」という亀井が始めた新パフォーマンス。パトカーのサイレンをイメージしたもので、俳優・柳沢慎吾のギャグをまねた。「『ウーウー』ってやってみたんです。若い選手にはやらせたい」とおどけた。

 滑らかな舌は止まらない。目標は「阿部よりやせること」。北京五輪期間中、ダイエットのライバルに何度もメールを送った。「阿部が毎朝エビチリを食ってるって聞いて、ホッとしたよ」と大きな腹をさすった。「本場の北京でいい漢方薬を買ってきたらしいので、もらいます」薬の効果でウエストを絞るつもりだ。

 6月21日のソフトバンク戦で、杉内から9回に同点弾を放って以来の一発。チームの貯金を今季最多の12に増やし、自力Vを復活させ、阪神とのゲーム差を7に縮めた。原監督は「ああいう場面で一番いい点の取り方をしてくれた。大きいですね」とねぎらった。

 今季、左投手に37打数11安打の“左キラー”が、14打数2安打だった右腕から放った決勝アーチ。「一日一日が必死です」21年目、38歳のヒーローは試合後も両手を回し、猛虎を追い上げる“サイレン”を鳴らしていた。

2008年08月27日
ノムさん“物言う日本代表ヘッド”に立候補
 73歳の知将が日本代表入りに名乗り!?楽天・野村監督が、来年3月に開催される第2回WBCの日本代表監督について北京五輪日本代表の星野監督の続投を支持し、その上でヘッドコーチ役を買って出る構えを見せた。

 北京五輪の惨敗を受け、注目されるWBCの監督問題。前夜は巨人・渡辺球団会長が「他にいるか?」と「星野監督」を“推薦”したが、世間の風当たりが強いのも事実。そんな賛否が渦巻く中、野村監督は「星野にリベンジさせてやったらええ」と持論を展開した。さらに星野監督が25日夜のテレビ番組で首脳陣を「仲良しトリオ」と批判され「(コーチが)年下だとイエスマンになる可能性がある」と発言したことに対し、入閣を立候補。「ヘッドコーチが必要?オレがおるやないか」と年上の適任者として手を挙げた。一時は「投手出身の監督は視野が狭い」と批判したが、自らが参謀役としてサポートする仰天プランだ。

 選手選考については「もし、そうなったら4番は松中(ソフトバンク)、キャッチャーは嶋(楽天)や」と早くも構想を膨らませる気の入りよう。裏を返せば野村監督なりの日本野球への誇りと、世界大会での雪辱への熱い気持ちの表れだ。

2008年08月27日
北京帰り初球!巨人・阿部、サイコー3ラン
 (セ・リーグ、巨人7−3横浜、17回戦、巨人12勝4敗1分、26日、東京ドーム)お帰り弾!! 悔しいん弾!! これから頑張るん弾!! 巨人・阿部慎之助捕手(29)が26日、横浜17回戦(東京ドーム)の一回に14号3ラン。北京五輪の日本代表から、この日合流した主将がチームを7−3の快勝に導いた。巨人は今季の横浜戦の勝ち越しを決めるとともに、貯金は今季最多の「11」。27日の同カードに勝ち、3位中日が敗れると、クライマックスシリーズ(CS)進出へのマジック『28』が点灯する。

 辛かった。悔しかった。涙も流した。すべての思いを、このひと振りに込めた。

 北京帰りの初球。狙っていた。一回に2点を奪い、なおも一死一、三塁。スタンドを埋めたG党から大歓声で迎えられた阿部が、吉見の初球をたたく。ジャストミートした打球は、バックスクリーン右の右中間席最深部に突き刺さった。

 「初球から思い切り振っていこうと決めていた。みんながつないでくれたので、何とかランナーを返せればと思っていた。サイコーです!!」

 星野ジャパン合流直前の7月29日の広島戦(広島)で打って以来、約1カ月ぶりの14号3ラン。見事な“カムバック弾”でお立ち台に上がった阿部は、久しぶりに得意のセリフを披露した。

 チームは一回に打者12人、6安打の猛攻。阿部の3ランを含む6得点を奪い、開始わずか37分で試合を決めた。

 金メダルを期待されながら4位に終わった北京五輪。阿部も8試合に出場したが、打率.125、1本塁打、1打点。守備でも16日の1次リーグ・韓国戦の九回に痛恨の悪送球をするなど、精彩を欠いた。敗戦に沈むベンチで何度も涙を流し、頭を丸刈りにもした。

 「(マスコミの)各報道で『星野ジャパン惨敗』というのもあったし、ブーイングされてもしようがないと思っていた」

 チームに合流した前日25日。ベンチ裏で開かれたミーティングで、阿部はナインに正直な気持ちを打ち明けた。

 「世界はすごかった。悔しい思いをしてきた。チームで頑張るのでよろしくお願いします」。チームメートは拍手で迎えてくれた。不覚にもまた涙がこぼれ落ちそうになった。

 「北京に行った人はみんな思っていると思うけど、またプロ野球を面白くしたい。五輪の結果は受け止めなければいけないけど、もうやるしかない。残り試合は、全開でいきたいと思います」

 キャプテンは苦しみを乗り越え、一回り大きくなった。首位阪神とは8ゲーム差あるが、27日に巨人が勝ち、3位中日が敗れるとCSマジック『28』が点灯する。

 大歓声で迎えてくれたファンのため、温かく迎えてくれたチームメートのため、残り35試合を全力で駆け抜ける。

2008年08月26日
松井秀、足で稼いだ!復帰後初の内野安打
 【ボルティモア(米メリーランド州)24日(日本時間25日)】ヤンキースの松井秀喜外野手(34)がオリオールズ戦に「7番・DH」で出場して4打数1安打1四球。左ひざ痛から復帰後初の内野安打を記録した。試合はヤ軍が8−7で3連勝した。

 ベースの手前で加速した。一塁へゴロを放った松井秀が三回、カバーに入った投手より一瞬早くベースを踏んだ。

 「走っている途中で“もしかしたらセーフになるかな”と思った。若干ギアが上がってしまいましたね、フフフ…」

 左ひざ痛から復帰後、6試合目で初の内野安打に含み笑いが出た。まだひざは完治していないため、トレーナーから無理をしないように注意されているが、投手との“競争”で自然に力が入ってしまった。直後には、ロビンソン・カノ内野手(25)の二塁打で二回に続いて一塁から一気に三進した。

 もちろん、ひざの悪化を避けるために“ブレーキ”も忘れていない。三走だった二回無死二、三塁でイバン・ロドリゲス捕手(36)が右直を放った際もタッチアップを自重した。

 「あしたの状態? 大丈夫だと思いますよ。だいぶ試合の中で自然な動きができるようになってきた」と松井秀。チームも約1カ月ぶりの3タテで貯金を2けたに戻した。25日(日本時間26日)の休養日は、気分よく左ひざを休められる。

2008年08月26日
巨人・古城が決めた〜!大逆転サヨナラ勝ち
 (セ・リーグ、巨人6x−5中日、18回戦、中日10勝8敗、25日、東京ドーム)巨人は25日、中日18回戦(東京ドーム)の1点ビハインドで迎えた九回二死満塁から古城茂幸内野手(32)が右中間への劇的なサヨナラ打を放ち、逆転勝利。前日24日に完敗を喫した落合竜にリベンジした。1936年の公式戦スタートから73年目で通算9000試合を迎えたメモリアルゲームでの勝利で勢いに乗り、一気にミラクルロードを駆け上がる。

 両手に残った感触を確かめるかのように拳を握りしめた。腹の底からこみ上げてくる思いをはき出し、雄たけびを上げた。1点ビハインドの九回二死満塁、カウント0−2。6番古城が、真ん中直球を迷わず強振。白球はオレンジ色の右中間スタンド目がけ、一直線に伸びていった。

 「きのう(24日)負けているし、きょうはどうしても勝ちたかった。あんなおいしいところはないんで、甘い球がきたら思い切って振ってやろうと思っていました」

 フェンス直撃の劇的サヨナラ打。歓喜の中心にいた32歳は、誰にも負けないほど高く飛び跳ね、喜びを爆発させた。

 指揮官の攻撃的な姿勢が劣勢のナインに乗り移った。2点を追う、土壇場の九回。二岡、谷の連打で打者は亀井。小技も得意な2番打者にバントの選択もあったが、原監督は「(バントで)送る気持ちは100%ありませんでした。劣勢の場面で力を出してくれる選手だから」と信じてヒッティングを選択。亀井は期待に応え、1点差に迫る右翼線適時二塁打を放った。そして、二死二、三塁から高橋由が歩かされて満塁。最後は、日頃は目立たない脇役が決めてくれた。

 この日が1936年の公式戦スタートから73年目で通算9000試合目となるメモリアルゲーム。どうしても落とせない一戦だった。五輪期間中は、地上波中継を中断していた日本テレビも、この日から再開。劇的Vが決まったときに放送は終わっていたが、今月初の中継で奇跡の逆転勝利を飾った。

 野球代表は4位に終わった北京五輪も幕を閉じ、ここからがペナントレースの本番。星野ジャパンの阿部、上原の投打の両輪も、この日からチームの練習に合流。26日から、戦列に戻ってくる。

 「これからは一戦一戦が重い、意味のあるゲームになってくる。古城は久々のスタメンだったけど、よく打ってくれました」

 奇跡の逆転勝利を見届けた原監督は、顔を赤らめ興奮気味だ。勝てば天国、負ければ地獄の明日なき戦い。首位・阪神とは8ゲーム差だが、Gナインもファンも、まだ奇跡を信じている。

2008年08月25日
ノムさん「視野狭い」星野監督をバッサリ
 楽天野村克也監督(73)が24日、北京五輪でメダルなしに終わった星野ジャパンに「毒ガス」攻撃を展開した。この日のソフトバンク戦(Kスタ宮城)が雨天中止。06年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)を制した王貞治監督(68)と五輪談議。日本代表星野仙一監督(61)の戦術、起用法などに「投手出身の監督は視野が狭い」とバッサリ。日本シリーズ5回出場で3度の日本一に輝いている名将が、持論を展開した。

 屈辱の完敗から一夜明け、星野ジャパンに短期決戦を知り尽くした野村監督が、まるで自身が代表を率いているかのように持論を展開した。話し続けるうちにボルテージが上がると、星野、山本、田淵の首脳陣について「仲良しグループにした時点でダメだと思ったよ」とチクリ。もちろん黙っていられなかった。

 (1)メンバー選出 これまでも「なんで松中を入れんのや」と話してきたが、松中本人と顔を合わせると「あんたが行ってたら勝ててる」とニヤリ。打線の不調が敗因の1つ。星野監督は右の長距離砲にこだわったが、WBCも経験した左の大砲不在は納得できなかったようだ。

 (2)データの活用法 短期決戦だからこそ、相手のデータをいかに活用するかが重要になる。自ら「野村ID」でならしたからこそ、余計に気になった。「準備期間が少なかった? データを集めてたじゃないか。使い切れてないんじゃないの? 宝の持ち腐れだよ」とバッサリ。序盤でリードしながら、中盤で手痛い1発を浴びるシーンも度々見られた。「(配球を)間違えなければ本塁打は防げるもの」という信念を持ち、データの使い方には疑問を感じていたという。

 (3)起用法 短期決戦では、選手の好不調の見分けが勝敗を大きく左右する。5敗中3敗を喫した岩瀬の起用にも首をひねった。「岩瀬は今年よくないよ。オープン戦から見てたけど、スピードなかったし」と分析していた。長いシーズンとは違い、短期決戦では1つのミスが致命傷。波に乗る選手、乗れない選手の使い分けの重要性を説いた。

 (4)戦術 川崎、西岡ら俊足の選手が故障を抱えながらのプレーだった不運もあった。それでも「今の野球は機動力がないと戦えない。そういう選手が少なかった気がする。今はどこの国もクイック(モーション)も早くなってるから」。データの少ない他国の投手はそう簡単に攻略できない。ならば足で揺さぶりをかけるのが常とう手段だ。“日本らしさ”が見えないまま、パワー野球に屈したことが腹に据えかねたようだ。

 試合中止が決まると、報道陣の前で王監督と約40分の“公開座談会”。開口一番、「五輪、残念だったね」と言えば、王監督も「1つ負けたらおしまいですから」と、極度のプレッシャーを受けたWBC優勝監督らしく気づかった。来年3月には第2回WBCが控えている。「おれは月見草だから。(監督として)スーパースターを束ねきれないよ」とサラリとかわした。これまで五輪の話題を多く語ることはなかったが、突然の独演会だった。

>> 次へ