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2012年04月04日
「俄」 読ませどころ 天誅組、川を通る
前回は船番所で取り込みごとがあるということでしたが、それは天誅組の一団が安治川を通って大坂に入ったことでしたが今回もこの続きです。

以下、司馬遼太郎「俄」より

この天誅組の連中はすでに討幕の先鋒たることを決意しのちに大和では幕府の五条代官所を襲って代官鈴木源内の首を刎ねているから、このとき船番所などはなにほどとも思っていなかったのであろう。

「わしはたしかに加藤清正である。無礼があるとゆるさんぞ」
と、しゃあっと剣を鞘走らせて虚空にかざしたから船番所の同心三人は仰天し、書役もろとも逃げ散ってしまった。

あとに残ったのは、町人体に作っている万吉ひとりである。
「なんだおまえは」
「明石屋万吉と申します」万吉は、浪士たちを見ず、そっぽをむいて答えた。
「何者だ」「このあたりでばくち場を開帳しているおかしな奴で」
「おかしな奴か」浪士たちも拍子ぬけがし、
そのまま船にもどって漕ぎくだって行った。

(幕府もあかんなあ)としみじみ思いつつ、海へ漕ぎくだってゆく船をながめた。
そんなことがあって、この翌日から大坂中の警戒がきびしくなり、万吉なども昼夜をとわず市中巡察をやらざるをえなくなった。

このため、せっかく小春を新居にむかえながら、まだ家にも帰れぬ状態でいる。

日がたつにつれて、あの浪士団の大坂での挙動が、はっきりしてきた。
かれらは大坂の古道具屋で、槍、甲冑、鎖帷子(くさりかたびら)などを買いととのえて行ったのだという。

心斎橋に、秋葉屋という古道具屋がある。
その店へ、その日の朝、小柄な浪士がぶらり入ってきて、
「兜をみせてくれ」といった。
土佐なまりがつよく、粗服をまといどうみても風采のあがらぬ田舎侍である。
が、存外温厚で、よくよくみると長者の風がある。
あとでわかったことだが、これが天誅組の首領のひとり土州浪士吉村寅太郎だった。

「どの程度の兜をご所望で」と、道具屋が、相手の胸算用をきいた。
どうせ大した買い物はできまいとみたのである。
「あの店さきにかざってある兜がほしい」と浪士がいったから、亭主も内心おかしくなった。
百両の値をつけている兜である。

(この田舎侍をおちょくってやれ)と思い、この兜は明珍(みょうちん)の名作でございます、もしこれが斬れたら、おなぐさみでございます、といった。
「そうか」吉村には据物斬りの心得がある。
大刀をふりかざし、気合もろとも、天辺(てっぺん)から錣(しころ)まで真二つに斬りさげてしまった。

そんな事件を、かれらは大坂の町に残して去っている。


以上は「俄」文中の一節でした。

万吉は小春のもとにいつ帰って来るのでしょう、次回をお待ち下さい。

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2012年03月28日
「俄」 読ませどころ 万吉の取り込みとは
前回は西宮から軽口屋が万吉の命を受けて小春を大坂まで連れて来たものの今回は万吉の方に取り込みがあって小春の待つ新居に戻れない日が続いている万吉の取り込みごとについてです。

以下、司馬遼太郎「俄」より

万吉の取り込みとは、こうである。
ちょうど、小春が西宮から大坂へ移ったきた日、安治川の船番所の川上から幾艘もの船が流れてきた。

万吉は安治川船番所は管轄外だったが、たまたま、この日の夕刻、この船番所に用があってきていた。

船番所の建物は、関所に似ている。
石垣で固めた川岸に面して建てられ、土間に同心組の者が三人、六尺イスに腰をおろして川面をながめている。

奥は、一段あがった畳敷きである。
そこに書役の同心が、机を前にしてすわっている。
入り口の右手の壁には、司法権の象徴である捕物道具がびっしりとならべられており、いかにもものものしい。
番所の前を通過する船の客は、ひとりひとり藩名あるいは居住地、そして名を大声で名乗る。
不審がなければ、「通らっしゃい」と、番所から声がかかる。
そこで船頭がふたたびろを動かして漕ぎさってゆく。

この日の夕、安治川船番所を通過したのがあとで天下を聳動(しょうどう)せしめた天誅組の浪士一同である。
かれらは大和で挙兵すべく、その前日に京の大仏でひそかに集結し、前(さきの)侍従中山忠光という若い公卿を奉じ、淀川をくだっていったん大坂常安橋そばの土州藩船宿坂田屋におちついたのである。

総勢三十数人で、このあと河内・大和で大いに人数がふえるが、とにかくこのときの人数が結成幹部というべき顔ぶれだった。

土州系の浪士が圧倒的に多い。
そのなかには京都ですでに名のある吉村寅太郎をはじめ那須信吾、池内蔵太(いけくらた)、島浪間(しまなみま)伊吹周吉、安岡斧太郎、安岡嘉助といった浪士中の錚々(そうそう)たる連中がいる。
かれらは常安橋ぎわの坂田屋で最後の支度をととのえ、武具類はムシロにつつんで船底にかくし、数艘の船をつらねて船番所までくだってきたのである。

「名を名乗らっしゃい」と番所から声をかけると、船の連中は、
「名か。名は加藤清正」「福島正則」「上杉謙信」などと名乗ってからかったから、船番所は騒然となった。

「ぶ、ぶれいなっ」と、船番所の同心三人が立ちあがると、川の上の浪士団も負けていない。
「やるかっ」と叫んで船から岸へ五六人がいきなり飛び移った。
すさまじい勢いである


以上は「俄」文中の一節でした。


























2012年03月21日
「俄」 読ませどころ 小春、万吉の嫁になる
前回は軽口屋を使者に立て小春を嫁に迎える段取りをした件でしたが今回は実際に万吉の嫁として白髪橋の借家におちついた場面です。

以下、司馬遼太郎「俄」より

「諾」(うん)とも小春がいわないあいだに、軽口屋がまめまめしく駈けまわって、坂東屋の主人とも話をつけてしまい、さらに小春を西宮御番所与力堀の屋敷につれてゆき、そこであらためて堀家の養女ということにした。

(まさか酌婦あがりでは)と思う軽口屋の独断の配慮である。
なにもかもおそろしいほどの速度で運ばれた。

堀家の妻女はさばけた婦人で、西宮の呉服屋で日常に必要な、着物類を見たててやり、それを大いそぎで仕立てさせた。
三日してそれが仕上がってきた。
そのうちの一つを小春に着せると、りっぱな商家の娘ができあがった。
「ことさらに武家の娘に仕立てなかったのは小林様が平素町人のかっこうをなさっているからですよ」と妻女はいった。

この女(ひと)も武家の出ではなく、西宮の大きな造り酒屋の娘であった。
日本一の酒どころといわれる西宮では、醸造業者といえば町の大名格である。
そのうちの大どころには辰馬、藤田、万屋(よろずや)、枡屋(ますや)などがあり、この四軒の旦那や家族は、町ではまるで貴族の待遇をうけている。

おなじ、酒に関する稼業でも、自然、階級ができている。
酒に必要な大小の樽をあきなう樽問屋は、造り酒屋の家老のような格のであろう。
樽問屋の旦那でさえ相当な待遇をうけていた。

樽問屋には大ぜいの樽職人がいる。
その職人どもは、樽問屋の家に行ってもシキイからむこうの土間には入れなかった。
いつもシキイのそとで平(へい)つくばり、番頭からの指図を拝聴する。

ある樽問屋のお嬢さまが、ある日町を歩いているとむこうから家に出入りの樽職人がやってきた。
職人は小腰をかがめ、「よいお天気でござります」とあいさつして通りすぎたが、樽問屋のお嬢さまはこのとき白昼で化物に出遭ったほどにおどろいたという。
(樽職人が、立って歩いている)ことに仰天したのである。
彼女はもともと職人とは足のないものだと思いこんでいた。

人間にそれほどの階級があるのだから、酌婦風情となれば人間のはしくれ以下にみられていた時代である。

小春はやがて白髪橋の北詰の借家におちついたが、まだ眉も落さず、鉄漿(かね)もつけていない。
かんじんの婿殿の万吉が、尻無川の番所から帰って来ないのである。
ずっと帰ってきていない。
そのかわり手下の者どもがどんどん泊まりにきて姐さん姐さんと奉るものだから、
(やはり万吉さんのお嫁さんになったのかしら)
と小春は首をかしげて暮らしている。

なにぶん変わった男の花嫁だから、もうたいていのやり方には驚かなくなっていた。
(いまちょっと、番所で取り込みがある)という旨の伝言は毎日とどいていて、
その点、小春は安堵はしていたが。


以上は「俄」文中の一節でした。
番所の取り込みとは万吉に何があったのでしょう、次回をお待ち下さい。

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2012年03月16日
「俄」 読ませどころ 万吉、嫁取り宣言
前回で漸く御用盗事件が片付きましたが、今回は万吉が嫁をもらうと決めて、その段取りをする件です。

以下、司馬遼太郎「俄」より

万吉は、事件が片づくと大坂にもどり、尻無川の番所勤務についた。
その日に、「おれも嫁をもらう」と手下度どもに宣言し、軽口屋にたのんで借家をさがさせた。

家はすぐみつかった。
白髪橋の北づめを少し北に入ったところで、夏、満潮の時刻には長堀川にさしのぼる潮の香がにおってくるような町内である。
「それは結構な家や」「ほなら、ご案内します」
「無用やろ。嫁に見させに行かせよう」
「お嫁はどこから?」来るのだす、と軽口屋はきいた。
みな嫁の家も名も知らないのである。

「そうか、まだ言わへんかったか」「へい、まだ」
「西宮から来る」万吉はいった。
言ってから、「そや。そいつがまだ来るかどうかわからんのや。軽口屋、ひとつ口説(くど)いて大坂へ連れてきてくれんか」
「どこのたれだす」「坂東屋の小春や」

「酌婦だっか」とつい口をすべらすあたりは、いかに十文字屋斬り込みの勇士でも、根は軽口屋なのである。
「酌婦であろうがお姫(ひい)様であろうが、おなごはおなご。あれだけのおなごは、京大坂にもそうはおらん」
「へーえ」軽口屋も、坂東屋の小春とは寝たことはないが、顔だけは知っている。
見たところ、酌婦のくせに妙に悪ずれしていないが、どうひいき目にみても、小便くさい小娘ではないか。
(親方も、おなごの鑑定(めきき)はできんとみえる)

「ほんまに連れてきてよろしのか」「ええがな」
「しかし親方の嫁はんになれるだけの」
「ああなれるだけのおなごや。いまは小便くさいかも知れんが、あれは磨けば堂々と明石屋を切り盛りしていきよるやろ」

「しかし親方」軽口屋はしゃべりはじめた。
「親方は明石屋万吉とはいえ、実のところは播州小野一万石一柳様の御家中であり、その侍帳のなかでも上位にお名前の載ったお歴々ですぜ」
「それがどうした」「酌婦ずれと」

「言うない。わいの侍はこれは義侠でなってやった浮世のほんの一時の仮り姿や。
だれがこんな馬鹿な稼業を一生やるかい。
さらば根エは極道屋の明石屋万吉。嫁もそれで行く」
「へい」
「わいが、どこかの御家中のお姫様を貰や、天下のお笑い草や。
第一、わいの臍(へそ)が笑いよるやろ。
男には、やってはならんことがいくつかある。
その大なるものは、笑いもんにならんということや」
「それで、酌婦と」「わかったら早う西宮へ行け」

坂東屋の小春にすれば、明石屋万吉などは見当もつかぬ男だ。
この日も大坂からその子分だという、黒紋付義経袴に大小といった武家装束の男がやってきて、
「通称、天満の軽口屋と申します。ふつつかながら、大坂までお供つかまつります」と名乗ったことさえ、面妖(めんよう)である。
武士かやくざ者かよくわからない。

「軽口屋さんとおっしゃるのは、お武家様ですか」
「へへ、まあ、時節柄、一柳家御雇(おやとい)の足軽格ということになっておりますから、かような風体(なり)をしております。
しかし人の世はすべてお浄土からながめれば仮りの姿で」
と坊主くさいことをいった。


以上は「俄」文中の一節でした。

万吉は嫁をもらうことが出来るのでしょうか、次回をお待ち下さい。

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2012年03月10日
「俄」 読ませどころ 御用盗の最期




前回は御用盗が立て篭もる十文字屋の二階に一人で斬りこんで逃げ足だっている急所を万吉は衝いたために御用盗一味が動揺しはじめた件でしたが今回はこの続きです。

以下、司馬遼太郎「俄」より

首領の安岡鳩平がついにたまりかねて、「火をかけい」とわめいた。
放火が、退却の合図でもあった。 
ぱっ、白煙があがった。(こらいかん)と万吉は思ったが、
正面の敵三人が邪魔をして消化にゆくゆとりもない。

万吉はすでに血みどろになっている。
手足や胴に無数の刀傷を受けていたが、気が立っているせいか痛くもない。
煙りが、天井を這いはじめた。(こら息が苦しゅうなるがな)

万吉が歯こぼれだらけの刀をふりまわしながらおもったとき、階段を駈けあがってくる者があり、「天満の軽口屋」と名乗りをあげるなり、弾丸のように万吉の前をすりぬけて、戛(かっ)つと、万吉の前の男と刃をあわせた。
「軽口屋、あぶない」「親方、どきなはれ。わてがやりま」と威勢よくいったが、
どんどん斬り立てられてさがってくる。

万吉は大きく息を吸い、「この餓鬼っ」と横からふりおろした一刀が、その男の肩さきをぐわっと斬り割った。
白煙はいよいよすさまじくなった。
そのなかでもはや動いている影といえば、ほんの一つか二つしかない。
(みな、逃げおったな)

万吉はほっとしたとき、最後の影が、ゆっくりと白煙のなかを遠ざかってゆく。
「うぬア、首領か」万吉が跳躍して踏みこんだが、男は刀を左手で持ち、万吉の刃を受けながしつつ、小屋根へとびおりた。
安岡鳩平である。

夜が明けた。
万吉は半焼した十文字屋のカマチに腰をおろし、近所から炊き出してくれた握り飯をほおばっていると、坂東屋から小春が茶を運んできてくれた。
「いやア……」と、盆をかかえたまま小春は立ちつくしている。
いやア、というのは上方の娘が事に驚いたときの間投詞である。

「なんや」「えらいお怪我」そのとおりだった。
顔から胴、手足の全身に脂薬をぬりつけその上から白布をぐるぐる巻いてまるで人間の形ではない。
「お寝やしたら?」「優しいこと、言うてくれるやないか」
「せやけど、そんなお怪我では寝(やす)まはらんと死にますえ」
「いや、べっちょ(別状)ない」げらげら笑っている。
(阿呆とちがうか)と小春が思ったほど、この石のように不愛想な男が、いかにも滑稽そうに笑う。

「わいはな、ちょっとぐらいの怪我や痛みがあるほうが気イが静まる」
「ちょっとぐらいと違いますやないの」
「いや、こんな目エには子供のころから何度遭うてきたかい」

そのつどこの男は、男をあげ、次第に大坂の町でいい顔になってきた。
極道屋というよりいわば怪我屋とでもいうべき男だが、そんなことは小春の知るところではない。

「あとで、坂東屋へ寄る」といって、万吉は立ちあがった。
立ちあがるとき、さすがに痛いのか顔をしかめた。

(町を一まわりしよう)というつもりである。
表へ出ると、往還のあちこちで人だかりがしている。

万吉は、のぞきこんだ。
御用盗の死体だった。
この死体の男は、いったん裏口から逃げたものの、鼠のように追い出されて往還で取り籠められ、斬られたものらしい。
ずたずたに斬られているがそのわりに血がすくないことをみれば、死体に刃を加えられたのであろう。
(可哀そうなもんや)と思うと、万吉は、煙りがふわふわとあがるような低い声で念仏をとなえはじめていた。

高田屋の軒下の死体も、おなじ経過をたどってここで往生してしまったのであろう。
(首領はどうしたかな)
万吉は、夜明け間に、――ほとんど斬ったはずだ。
という報告をうけている。
南の海の方向へぶらぶら歩いてゆくと、正行寺の塀ぎわにも一つの死体があり、番所の人数がそのまわりをかためていた。

淀ノ町に出た。
そのむこうは浜まで畑になっている。
その大根畑が無残に踏みあらされていて、一人の男が死んでいた。
「この者はたれや」
「首領の安岡鳩平という男らしゅうござりまする」と、番所の者がいった。
顔が血の泥でよごれていて確かめることもできなかった。
万吉は番所の人数がびっくりするほどの大声で念仏をとなえた。


以上は「俄」文中の一節でした。
御用盗事件は片付きましたが、この後の展開は次回をお待ち下さい。

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2012年03月06日
「俄」 読ませどころ 御用盗相手の万吉の喧嘩わざ
前回は十文字屋の二階に立て篭もる御用盗一味に対して一人で斬りこむことになった万吉が名乗りを挙げているうちに悲壮な感動を覚えた場面まででしたが今回はいよいよ二階へ登っていく場面です。

以下、司馬遼太郎「俄」より

万吉としては、だっと登ってゆきたいところだが、それでは敵に弾みをあたえるようになりかえって小気味よく斬られる結果になる。

そろり、とあがった。
やがて、上をみた。
上から白刃をかざして見おろしている顔が四つあった。
(こいつらが、あれを冥土へ送る死神か)
と思うと妙に気が沈まり、一つ一つを十分にながめた。
ながめながら白刃を頭上にかざし、そろそろとのぼってゆく。

「まず、籠手を斬(や)れ、こつだ」と安岡鳩平はおちついて指示した。
安岡としてはみながいっせいに万吉の籠手をねらって打ちおろしたあと、万吉の構えの崩れを待って一刀両断に頭をくだくつもりだった。

あとわずか五段というとき、万吉は急に足をとめた。
それ以上はのぼらない。
静まっている。
口をきこうともせず、息さえしているのか、疑わしい。
顔は、土色であった。

そのままで階上の人数と対峙(たいじ)したが、あせったのはむしろ人数の多いほうである。
一人が安岡の制止をきかず、階段の降り口から一段降り、「こいつ」と太刀をふりかざしたとき、疾風のように万吉はその男のふところにとびこみ、左手にもった短刀でわき腹をぐさりと刺した。

短刀は敵の肉の中に残し、そのまま敵のえり首をつかんで楯とし、一気にのぼりきった。

みごとな喧嘩わざである。
楯にしていた男を突っ放すと同時に刀を袈裟に旋回して他の一人を叩っ斬った。
斬られた男はどどどどと階段から階下へ落ちた。
つづいて楯にされた男も、短刀を脇っ腹に植えこまれたまま階段を落ちた。

「逃がしてやる」万吉は、躍り場を離れず、壁を後ろ楯にしながら御用盗の連中にいった。
「いまなら逃げられるど」顔中、口にして叫んだ。
これも喧嘩のこつというべきものだろう。
御用盗どもは逃げたいのだ。
腰がふらついている。
逃げ足だっていた。
その急所を、万吉は衝こうとしていた。

「逃げえっ」万吉は、わめいた。
いかに万吉が敏捷な男でも、相手が逃げることを断念して必死でかかって来られてはたまらぬのだ。
「頼む」とまで叫んでいた。
「裏口から飛び出せ。
裏庭をまわって浜へぬける露地には人数はおらん。
行け、行け」とわめきながら剣をふるい、敵と渡り合っている。
敵は動揺しはじめた。


以上「俄」文中の一節でした。
この後の万吉と御用盗の結末は次回をお待ち下さい。

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2012年02月28日
「俄」 読ませどころ 万吉のおっちょこちょい性
前回は御用盗一味の首領と山金を十文字屋の二回から階下へおびき出した件でしたが今回は西宮御番所、藤堂藩の連中も誰一人として万吉と一緒に御用盗の連中に斬り込むものがいないことで万吉が一人で斬り込むことになる場面です。

以下、司馬遼太郎「俄」より

斬り込みの準備はできた。
土間に、万吉の手下、西宮御番所の人数、藤堂藩の人数が詰めかけ、「わあーつ」と気勢をあげた。
そのなかにあって万吉は鎖を巻きこんだ鉢巻を締め、十文字にたすきをかけ、すそを思いきり尻っ端折って、抜き身をかざし、階段の下に立った。
(わいは阿呆や)
ふと、思った。
自分だけが斬りこむ、などというような馬鹿の役目をなぜ背負いこんだのであろう。(おつちょこちょいのせいや)

そのとおりであろう。
行かなくてもいい運命に自分自身がつねに自分を追いあげてゆくのが、万吉という男らしい。
(せやが)ともおもう。
いわば、万吉の全身全霊を占領しているこのおつちょこちょい性のおかげでいままでめしが食えてきたわけだし、それがいわば唯一の才能であり稼業でもあるわけではないか。
(わいの一生で、これが一番の難所や)ともおもった。

そう思うと、子供のころからのことが、一瞬で思い出された。
カッパばくちの銭の山におっかぶさって死ぬほどなぐられたこと、堂島の米相場をたたきつぶしたこと、そのあと、万人が堪えられぬという蝦責めの拷問に堪えぬいたことが、くるくると脳裏にまわった。

だだっと階段を三つ四つのぼると、万吉はたちどまり、土間を見おろした。
「景気ようやらんか」と、声をあげる勢子どもを叱咤した。
「声が小さい」万吉はそれが不満である。
「もっと大声を出せ。家が割れるほどに喚(おら)びあげえっ」
「わあーつ」と、声があがった。笑っている奴もある。
(おのれ、人の生き死を笑いくさって)万吉は腹が立ってきた。
自分一人が俄芝居の喜劇役者のように思えてきた。

「わいはこれから死ににゆく。
明石屋万吉一世一代の一人斬りこみの場アがいまからはじまるんじゃ。
末代までの語り草に、もっと景気よう三途(さんず)ノ川へ送り出せ」
「わあーつ」と、声をあげた。
その声も、どうも万吉の必死の心境からみれば空虚(うつろ)なようにきこえる。
(おれを滑稽者と思うてくさるか)

堀与力の顔もあった。
まじめくさって天井を見あげているようだが、そのあたまの片すみには、早くこの騒ぎを片づけて家で寝酒でも飲みたいと思っているにちがいない。
(あの与力が寝酒をのみくさるときには、おれはこの世に居らんやろ)と思うと、
万吉は情無いようなわが身が滑稽なような思いがしたが、
(むこうはお役目が商売、こっちはおつちょこちょいが商売)と思うと、
あきらめがつくような思いもした。

万吉は白刃をそばめ、一段、階段をのぼった。

万吉は階上(うえ)へ、「いまからゆくぞ」と、どなりあげた。
が、それだけではなにやら華やかさが足りないような気がして、「明石屋万吉」
と、つけくわえた。
いったん付け加えると、もっといろいろと付け加えたくなった。
どうせ死花を咲かすために名乗るのである。
花は大きいほうがいいではないか。

「明石屋万吉なるは極道屋の名乗り。またの名は播州小野一万石……」
播州の語感で、万吉自身、赤穂浪士のような悲壮な感動を覚え、全身に粟つぶが立ってきた。
のちに万吉が階段の途中でがたがたとふるえていたという巷説が出たのは、このときの感動によるものであろう。

「……一柳家物頭小林佐平衛、公儀御沙汰によって西大坂の警衛をつかまつる者」
――なにかしゃべっている。
と、階上では、安岡鳩平が、仲間をかえりみていった。
かれらは階段の踊り場をかこんで白刃を抜きつれ、万吉のあがってくるのを待ちに待っている。

さらに、火付けの係りは、唐紙障子のそばに蝋燭十本をともし、そのそばに古い油紙を盛りあげていつでも火を掛ける態勢をとっていた。
「あいつが、一人で斬りこんでくるらしい」
安岡鳩平は、緊張のなかながら、くすくす笑い出してしまった。


以上は「俄」文中の一節でした。
万吉一人の斬りこみはどうなるのでしょう、この後の展開は次回をお待ち下さい。

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2012年02月20日
「俄」 読ませどころ 万吉、御用盗相手に奮闘
前回は漸く御用盗の尻尾を捕まえることが出来た万吉ですが、いよいよ御用盗相手に万吉の奮闘が始まります。

以下、司馬遼太郎「俄」より

馬鹿は馬鹿なりの思考法がある、といえば万吉はおこるかもしれないが、眼前の山金の殺気の異常さに、(やっぱり、まちがいない)
と、相手の正体を再度たしかめ得たような思いだった。
が、この確認法は、危険そのものだった。

いつ山金の白刃が万吉の脳天を西瓜のようにたたき割るかわからない。
階上階下の騒ぎは、割れるようだ。
普通の泊まり客や宿の者、女たちは、裏からとび出したり、二階の小屋根からとびおりたり、それらが逃げながら悲鳴をあげたり絶叫したりして、まるで狂人が狂馬に乗って屋内を駆けまわっているようだった。
(なんと、人間とは喧[やかま]しい生きものか)

万吉は棒をかまえながら、もうそれだけで厭世的になる思いだった。
「静かにせいっ」
万吉がたまりかねてどなったとき、山金の白刃が頭上に打ちおろされた。
それをあやうく棒で受け、受けた棒をひるがえして山金の胸を思いきり突いた。
「わっ」と山金が倒れたとき、階段がこわれるほどの勢いで人の群れが雪崩(なだれ)をうっておりてきた。

安岡鳩平ら、御用盗の連中である。
(こら、かなわぬ)万吉は棒を縮めたとき、雨戸が、どどどどと鳴った。
「開けえっ、御番所の者だ」あとでわかったことだが、西宮御番所の人数、万吉の配下の軽口屋の人数、それに藤堂藩の人数が、道路、裏口、隣家の大屋根といったぐあいに配置しつつびっしりと十文字屋を包囲していた。
「山金、これはまずい」
安岡鳩平が山金をひきおこして、ふたたび階段へあがりはじめた。

「こうなれば、この十文字屋の二階で籠城だ。火を放ってその隙に逃げよう。めいめい、よいか」と、安岡鳩平は階段を駈けあがりながら叫んだ。
「待った、土間に、あいつがいる」と山金がいった。
殺してしまわねば、捕り方を内部へひき入れるだろう。
「あいつか」安岡鳩平は、階段の途中で土間を見おろした。
鳩平の左手には、天満でもとめた例の朱と黒の蛭巻鞘の一刀がにぎられている。

その刀を、万吉は見た。(やっぱりそうや)
そうみると、この男は火を噴くように勢いづいてしまい、階段の下にまだいる山金にとびかかり、その頭蓋めがけて思いきり打ちおろした。
山金はとっさに胴を払おうとした。
万吉はこのため帯を切られ、前はだけになった。
が、山金はそのときは息も絶えだえになっている。
万吉は、機敏だった。
その山金の刀をひろい、いま一人の御用盗を叩っ斬った。

安岡鳩平は狼狽した。
二階へ駆け上がった。それにつれて御用盗の全員が二階へ逃げた。
土間では、万吉がひとりである。

外から、雨戸を叩く音がやまない。「いま開ける」万吉は、内からどなった。
からん、と桟(さん)をはずすと、だっと飛びこんできた武士が、万吉の腰にしがみついた。
「ばか、おれじゃい」と万吉は突きころばした。
軽口屋であった。
それにしても軽口屋は平素に似ず、勇気のある男だった。
「あっ、親方だっか」「そや。うろたえるな」
「賊はどこだす」「二階や」万吉は血刀をぶらさげながらいった。

さて、妙なことがある。
軽口屋こそ飛びこんできたが、他の者はこない。
「どうなっているのや」
「びしっと取りまいておりますがな。せやけど西宮御番所の人数も、藤堂藩の人数も、さっぱり臆病者ぞろいで、たれひとり踏みこもうとする者がおりまへん」
「そんな、か」「さっぱりだンな」
その軽口屋も、歯の根があわないらしくカチカチとあごのあたりを慄わせている。

「土間にはわしがいる、心配するなとみなに言え。ところで敵をどうするかじゃ。
それを頭(かしら)ぶんの連中とここで打ちあわせしたいゆえ、この土間まで入ってくれと言え」「よろしおま」
軽口屋がとび出して行ったが、やがて与力の堀と、藤堂藩の隊長中村祐右衛門をよび入れてきた。

藤堂藩の中村は、思いきって小男な人物だけに陣笠がいやに大きくみえ、どうみても椎茸が歩いているとしかみえなかった。
「敵を二人、私が斬った。あと八人は二階にいる」と万吉はいった。
万吉が傷と血しぶきですさまじい格好でいるため、与力も椎茸もすっかり度肝をむかれてしまい、この遊び人装束の万吉を頭とあおぐような姿勢をとった。

「そ、それで、われわれとしては、いかが致せばよろしゅうござろう」
と、堀与力はいった。
「わいの言うとおりに動いてもらいたい」
「いかにも左様に」致します、というふうに、堀も椎茸も、小腰をかがめた。
こういう修羅場になってしまえばもはや能力のある者に指揮をまかせざるをえない。
その万吉も、能力というよりも、あるのは度胸だけなのである。

「あいつらは火イ付けて逃げると言うていたが、ほんまにやりよるやろ。
火イでも付けんと、この場は逃げられまい」
「火を掛けられるとこまる」堀与力はいった。
西宮は街道を中心に家屋が密集しているから惨澹たる大火になるだろう。

「せやさかい、町中の火消しを集めておいてもらう。むろん捕り方はびっしりと包囲して網を張っておく。そこであいつらを屋外に飛び出させる。そのためには二階へ斬りこむ人数が要る」

「二階へ斬りこむ」与力の堀が、にわかに声をひそめた。
藤堂藩の椎茸も真蒼になっている。
「ああ斬りこまんとどうにもならん」万吉はうなずいた。
「そ、そんなことをすると、当方に人死(ひとじに)が出るではないか」

堀与力はかろうじて威厳を保ちつつ、慄え声でいった。
堀がそういうと藤堂藩の椎茸も救われたようにうなづき、
「そのとおりだ。与力の申されるとおりであるぞ。元来、われら藤堂家の者は義によって手伝いにきているだけだ」「それがどうした」

「本来の役目は洋夷に対する備えにある。洋夷が上陸してきたとあれば、それが何万であろうと一歩も退かずに戦うが、たかが宿場にまぎれこんだ御用盗のために士卒を損じたくはない。そこをよく分別してくれ」

「斬りこみいややというのか」「いやとは言わぬ」
「すると、命が惜しいのかえ?」
万吉はもう、三百年この国を支配してきた侍階級というものの臆病さに腹が立つというよりも憎悪を感じてしまっている。
「まあ、考えてもみよ」と椎茸はいった。
「二階の賊は死にものぐるいである。この賊に斬りこんでゆけば、十人のうち五人までは死ぬか大怪我をするであろう。用兵というものはなるたけ兵を損ぜぬことにある」(理屈だけは一人前や)

万吉は圧され気味になった。しかしすぐ盛りかえして、
「こんなときは分別もくそもあるかい。ぐずぐずしていたら、二階の阿呆どもは火イ掛けて西宮じゅうを火の海にしてしまうぞ」
「いや、竜吐水(りゅうどすい)がある」ポンプのことだ。

万吉は、いらいらしてきた。
三百年封建制度のなかでのうのうと高禄をひきついできた与力や大藩の上士には先祖の野生は失せはて、死ぬ生きるの難所はできるだけ避けて通ろうとする智恵だけが発達している。

幕府が長州征伐の令をくだしたときもそうだった。
かんじんの旗本八万騎の多くは従軍を怖れ、にわかに隠居して家督を息子にゆずる者が多かった。
このため二十五六歳の若隠居と十歳二十歳といった少年の当主が続出した。
先祖代々ながながとつづけてきた都会での消費生活がかれらの心をなまらせてしまったのであろう。(この調子では徳川様の天下ももう長うないやろな)
万吉は庶民らしい肌の感覚でそう思った。

「わかった」と、この男はいった。
「わいが一人で斬りこむ。しかし一人ならかえって敵の軽侮をまねき、敵に勇気をおこさせることになるやろ。されば勢子(せこ)だけでええさかい、この土間にびっしりと人数を入れてわあわあ騒いでもらおうか」

「そうしてくれるか」与力の堀は、にこにこと相好をくずした。


以上は「俄」文中の一節でした。

この後、万吉と御用盗はどうなるのでしょう、次回をお待ち下さい。

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2012年02月13日
「俄」 読ませどころ 万吉、御用盗の尻尾を捕まえる
前回は万吉が御用盗一味が投宿している旅籠(十文字屋)に乗りこんだ件でしたが今回はいよいよ彼らの尻尾を捕まえる場面です。

以下、司馬遼太郎「俄」より

万吉は、満座の監視のなかにある。
が、この無口な男は、石のようにだまりこくったまま、半日をすごした。
(わからん)日暮れごろになってもまだわからない。
例の近江屋へ入った御用盗の一味だとすれば、近江屋の娘お千賀を同行しているはずだった。 (殺しよったのやろか)

実はお千賀を、かれらは大坂の尻無川畔の野小屋に閉じ込めていたのだが、大坂脱出のとき、始末にこまってそのまま閉じこめて去った。
お千賀はその後、付近の百姓に発見されて近江屋へつれもどされるのだが、その一件はまだ万吉の耳にとどいていない。

(わからん)
わるいことに――というべきだが、日暮れ前から雨がやみ、嵐もすぎた。
夜あけに西風さえ吹けば、船は出帆するであろう。
(船が出てしまえば、なにもかもしまいや)それが、万吉をあせらせた。
日が暮れ、めしが済むと、ばたばたと夜具が敷かれはじめた。
(寝てしまわれては、えらいこっちゃ)ちょっと、あわてた。

万吉は自分の智恵の無さに、ほとほと愛想がつきる思いだった。
せっかく乗りこんでいながら、この集団の尻ッぽもつかまえることができない。
ついに意を決した。(こうなれば、わいの流儀でいくこッちゃ)
阿呆には阿呆の流儀がある、というのが万吉の信念である。
なまじい利口ぶって相手の尻ッぽを見定めてやろうというのがむりであった。

「お武家様」と、安岡鳩平のそばに寄った。
安岡は袴をぬいで寝支度をととのえていた。
この男だけ酒がのめないのか、酔っていない。
「なんだ」
「相談に乗ってくれやす。いや銭のことやおまへん。ここの勘定はちゃんとこうやって持っております」と、胴巻をみせ、念のためにそれを振ってみせた。
胴巻の底で銅と銀がふれあう音が、にぎやかにきこえた。

「金はおま。貸しとくなはれという話やおまへん」
(妙な男や)と思いつつ、安岡は万吉のその持ちかけかたに警戒心を解いた。
あまり利口な男ではないとみたのであろう。
「話せ」
「いや、ここでは申しあげにくいことでございますので。ちょっと表までおつきあいねがいますまいか」
「なに、顔をかせというのか」
「いやいやとんでもない。切羽つまった手前の話をきいていただきたいのでございます」「あらかた、どんな話だ」
「手前は人をさがしておりますが、そのことなんで。御義侠心にすがりとうございます」「おまえ、仇持ちか」山金が、横からいった。

そのあと、安岡鳩平と山金のふたりがどういう油断か、ふらふらと万吉といっしょに階下へ下りたのがこの男たちの不幸だった。

万吉は、外まで連れ出させたかったのだが階段をおりたところで、安岡鳩平と山金は足をとめ、「ここで話せ。なんの頼みだ」と、にわかに警戒心をみせた。
こうなっては、万吉も妙なうそはつけなくなった。
「私の素性を話す」万吉は、単刀直入にいった。
素性といっても、極道屋の明石屋万吉、などと言えば相手はおどろくまい。

「一柳家の小林佐兵衛という者だ」「それがどうした」
「わからんか。公儀の命によって尻無川の御番所をあずかっている。早ういえば、京の新選組に似たものや」
二人の顔色が変わった。
(やっぱり、御用盗やな)
と、万吉は勢いこみ、「近江屋忠兵衛方に推しこんで金を盗り番頭嘉平を殺したのは、うぬらと見た」
「証拠があるか」安岡鳩平は、さすがに落ちつきをとりもどしていった。
「ない」万吉は正直にいった。
「ないさかい、こうしてたずねている。うぬらが武士なら、証拠は要るまい」
「妙なやつだ。言いがかりをつけて、それで済むと思うか」
山金は、真蒼な顔でいった。

万吉は、早速返答に窮した。
(やっぱりおれはあほや)とおもった。
こうなれば、めったやたらと喧嘩を売ってゆくしかない。「番所へ来い」
「こいつ。石州松平家の家来であるわれわれがなぜ不浄役所へ参らねばならぬ。
不審があれば藩へ掛けあえ。ただし言いがかりの無礼はゆるさぬぞ」

「どないするんじゃい」万吉は、凄んだ。
「斬ってやる」山金は、背後でツカに手をかけた。
安岡鳩平があわてて制したが、遅かった。
鞘走る音が鳴ったかと思うと、万吉の背に白刃が襲った。
万吉は、土間にころがり落ちた。
かわしぞこねて背に薄手を負った。
血が、着物を濡らした。

「斬ったな」万吉はうれしそうに叫んだ。これで事件になった。
たとえ歴とした藩士であろうと番所へ出頭して事情を届け出ねばならぬ。
「さあ、番所へ来い」と連呼してさわいだ。
ただし手に四尺ばかりの突っかい棒をにぎっている。
山金は土間へととび降り、さらに白刃を打ちおろした。
万吉は、それを受け、そのあと猛然と攻撃に出た。
剣技は、万吉のほうがややすぐれているようだった。

山金は押された。
その間、万吉が「御用盗御用盗」の連呼をやめないため旅籠中が大さわぎになった。
「山金逃げよう」
安岡鳩平が、一味に脱出を指示するためばたばたと二階へ上がった。
山金は万吉の棒が眼前にあるためうかつに逃げられない。


以上は「俄」文中の一節でした。
この後、万吉と御用盗はどうなるのでしょう。
次回をお待ち下さい。

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2012年02月08日
「俄」 読ませどころ 御用盗 西宮 十文字屋で相宿
前回は嵐で船が出ず御用盗一味も船待ちでイラついている件でしたが今回は彼らが投宿する十文字屋へ万吉が探りを入れるため、彼らと相部屋になる場面です。

以下、司馬遼太郎「俄」より

十文字屋の番頭与平は、訪ねてきた万吉を自分の部屋にひき入れた。
「えらいこったす」与平は、さすがに顔を土色にさせている。
「二階の客十人は、どうも臭うござります」「どう、くさい」
「さあ」そこがむずかしいところだ。

においは目に見えないからである。
が、こういう旅籠の番頭のかんというのは信ずべきであろう。
「宿帳には、どうなっている」「へい、これで」と、番頭は帳面をみせた。
石州浜田藩武田専十郎という名前が筆頭で、同藩士としてあと九人の名前が列記されている。

旅行目的は剣術詮議(研究)のため、ということであった。
「石州言葉かえ?」
「いや、石州というところはご存じのようになまりのすくないところで、関東のようでもあり上方のようでもあり、これという特徴もございませぬ。でございますから、生国をお偽(いつわ)りなさるお客様は、よくこの石州(島根県石見地方)というのをお使いになります」

「ほう、石州とはそんな国か」
「へい、でございますから、この石州とここでお書きになっているのがかえって怪しいわけで」「なるほど」さすがは旅籠の番頭だとおもった。
「朱と黒の蛭巻のはでな刀を、そのうちの一人が持っていなかったか」
「さあお腰の物までは」と、番頭は、くびをひねった。
相手がその刀を人目につかぬところに置いているのか、自分の目ではたしかめなかったという。

「金づかいはどうや」
「吝嗇(しぶ)だすな」昨夜は酒ものまず酌婦も抱かず、物堅く寝たという。
その点、大坂で荒かせぎをした御用盗らしくない。
「ただ、けさになって酒だ、といいだしましたので」
「船待ちの憂さをはらすつもりやろ」万吉はそうみた。
尋常すぎるほどのことでそれをもって相手をあやしむわけにはいかない。

「ただ、万一まちがいだったとすれば、これはえらいことに相成ります」
番頭はそれが心配だった。
相手は、石州浜田六万一千石、譜代のなかでも名家として知られた松平家の家来であると名乗っている。
ねじこまれれば、旅籠十文字屋だけでなく万吉のほうもこまるのだ。

「よっしゃ」と、万吉はひざを打ち、決意をこめた顔をあげた。
「わし自身が探索する。わしをこの宿の客にしてあの部屋で相客させてくれんか」
船待ち客で宿は客であふれるはずだから、部屋が相泊まりになるのはごく自然なことで相手はそれを拒否できまいし、それを怪しみもしないであろう。
「せやが、こっちは命がけや」

明石屋万吉があらためて旅装をし、敵城ともいうべき十文字屋に乗りこんできたのは、それから四半刻後である。
「いらっしゃいまし」と、番頭与平が、みずからとび出てきて万吉をむかえた。
むろん芝居である。

万吉は、三度笠を手にもち、浅黄の股引に同色の手甲脚絆に身をかため、それに鉄づくりの長脇差を一本腰に落として、どこからみてもいなせな街道烏の姿である。
「たのむでぇ」と笠を女中に渡し、わらじをぬいで足をあらい、二階へあがろうとした。
番頭与平が、二階の侍たちに聞こえるような大声で、
「いま船待ちのお客様で大混雑しておりますが、二階のお客様と相宿していただくわけには参りませぬか」
「結構、結構」万吉はどんどんあがって行って、その二階の廊下に立った。
番頭の与平がその廊下にすわり、部屋のなかの安岡鳩平らにその相宿の件の諒解をとりつけようとした。

「まあ、よかろう」安岡鳩平は、にがい顔でいった。
船が出ぬとあればこの状態はやむをえぬことであった。
万吉は部屋のすみ、畳二畳を借りた。
その二畳を、女中が屏風(びょうぶ)で仕切ってくれた。

ほどなく、安岡らの一統の酒盛りがはじまった。
女も二三人やってきた。

屏風のかげでは、万吉も手酌で酒をのんでいる。
徳利が五本ある。
そのうち二本は水でその水を万吉は飲んでいた。
この男はどう修行しても酒がのめないたちである。

「うぬはたれだ」酔いがまわってきたころ、山金が首をまわして背後の万吉に問いかけた。
「へい、大坂の渡世人だす」「ばくち打ちか」「左様(さい)で」
「このご時勢に、ばくちを打って暮らしているとは料簡のよくない男だ」
「まったく」万吉は苦笑している。
「どこへ参る」「へい、讃岐の金比羅はんへ」
「なにを祈りにゆく」「家内安全無病息災」
「不心得なやつだ。いま、夷狄(いてき)が軍艦をならべて攻めて来ようというのに、家内安全無病息災とはなにごとだ。攘夷御成就(じょういごじょうじゅ)でも祈るならともかく」

「なにしろ」万吉は笑わずにいった。
「御用盗のはやる物騒な世間でございますさかいな」
そっぽをむきつつ、目のはしで相手の顔色を読むと、多少、表情に動揺があったようであった。
「せやけど、まあ、相宿もなにかの御縁でござります。まあ、いっぱい」
と酒の入ったほうの徳利をつかんで膝をすすめ、山金の杯に注いだ。


以上は「俄」文中の一節でした。

万吉は御用盗一味の正体を見破れるのでしょうか、次回をお待ち下さい。

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