2012年04月04日
「俄」 読ませどころ 天誅組、川を通る
前回は船番所で取り込みごとがあるということでしたが、それは天誅組の一団が安治川を通って大坂に入ったことでしたが今回もこの続きです。
以下、司馬遼太郎「俄」より
この天誅組の連中はすでに討幕の先鋒たることを決意しのちに大和では幕府の五条代官所を襲って代官鈴木源内の首を刎ねているから、このとき船番所などはなにほどとも思っていなかったのであろう。
「わしはたしかに加藤清正である。無礼があるとゆるさんぞ」
と、しゃあっと剣を鞘走らせて虚空にかざしたから船番所の同心三人は仰天し、書役もろとも逃げ散ってしまった。
あとに残ったのは、町人体に作っている万吉ひとりである。
「なんだおまえは」
「明石屋万吉と申します」万吉は、浪士たちを見ず、そっぽをむいて答えた。
「何者だ」「このあたりでばくち場を開帳しているおかしな奴で」
「おかしな奴か」浪士たちも拍子ぬけがし、
そのまま船にもどって漕ぎくだって行った。
(幕府もあかんなあ)としみじみ思いつつ、海へ漕ぎくだってゆく船をながめた。
そんなことがあって、この翌日から大坂中の警戒がきびしくなり、万吉なども昼夜をとわず市中巡察をやらざるをえなくなった。
このため、せっかく小春を新居にむかえながら、まだ家にも帰れぬ状態でいる。
日がたつにつれて、あの浪士団の大坂での挙動が、はっきりしてきた。
かれらは大坂の古道具屋で、槍、甲冑、鎖帷子(くさりかたびら)などを買いととのえて行ったのだという。
心斎橋に、秋葉屋という古道具屋がある。
その店へ、その日の朝、小柄な浪士がぶらり入ってきて、
「兜をみせてくれ」といった。
土佐なまりがつよく、粗服をまといどうみても風采のあがらぬ田舎侍である。
が、存外温厚で、よくよくみると長者の風がある。
あとでわかったことだが、これが天誅組の首領のひとり土州浪士吉村寅太郎だった。
「どの程度の兜をご所望で」と、道具屋が、相手の胸算用をきいた。
どうせ大した買い物はできまいとみたのである。
「あの店さきにかざってある兜がほしい」と浪士がいったから、亭主も内心おかしくなった。
百両の値をつけている兜である。
(この田舎侍をおちょくってやれ)と思い、この兜は明珍(みょうちん)の名作でございます、もしこれが斬れたら、おなぐさみでございます、といった。
「そうか」吉村には据物斬りの心得がある。
大刀をふりかざし、気合もろとも、天辺(てっぺん)から錣(しころ)まで真二つに斬りさげてしまった。
そんな事件を、かれらは大坂の町に残して去っている。
以上は「俄」文中の一節でした。
万吉は小春のもとにいつ帰って来るのでしょう、次回をお待ち下さい。
さてバナーも少し今までと違うものを用意しましたのでよろしくお願いします。








以下、司馬遼太郎「俄」より
この天誅組の連中はすでに討幕の先鋒たることを決意しのちに大和では幕府の五条代官所を襲って代官鈴木源内の首を刎ねているから、このとき船番所などはなにほどとも思っていなかったのであろう。
「わしはたしかに加藤清正である。無礼があるとゆるさんぞ」
と、しゃあっと剣を鞘走らせて虚空にかざしたから船番所の同心三人は仰天し、書役もろとも逃げ散ってしまった。
あとに残ったのは、町人体に作っている万吉ひとりである。
「なんだおまえは」
「明石屋万吉と申します」万吉は、浪士たちを見ず、そっぽをむいて答えた。
「何者だ」「このあたりでばくち場を開帳しているおかしな奴で」
「おかしな奴か」浪士たちも拍子ぬけがし、
そのまま船にもどって漕ぎくだって行った。
(幕府もあかんなあ)としみじみ思いつつ、海へ漕ぎくだってゆく船をながめた。
そんなことがあって、この翌日から大坂中の警戒がきびしくなり、万吉なども昼夜をとわず市中巡察をやらざるをえなくなった。
このため、せっかく小春を新居にむかえながら、まだ家にも帰れぬ状態でいる。
日がたつにつれて、あの浪士団の大坂での挙動が、はっきりしてきた。
かれらは大坂の古道具屋で、槍、甲冑、鎖帷子(くさりかたびら)などを買いととのえて行ったのだという。
心斎橋に、秋葉屋という古道具屋がある。
その店へ、その日の朝、小柄な浪士がぶらり入ってきて、
「兜をみせてくれ」といった。
土佐なまりがつよく、粗服をまといどうみても風采のあがらぬ田舎侍である。
が、存外温厚で、よくよくみると長者の風がある。
あとでわかったことだが、これが天誅組の首領のひとり土州浪士吉村寅太郎だった。
「どの程度の兜をご所望で」と、道具屋が、相手の胸算用をきいた。
どうせ大した買い物はできまいとみたのである。
「あの店さきにかざってある兜がほしい」と浪士がいったから、亭主も内心おかしくなった。
百両の値をつけている兜である。
(この田舎侍をおちょくってやれ)と思い、この兜は明珍(みょうちん)の名作でございます、もしこれが斬れたら、おなぐさみでございます、といった。
「そうか」吉村には据物斬りの心得がある。
大刀をふりかざし、気合もろとも、天辺(てっぺん)から錣(しころ)まで真二つに斬りさげてしまった。
そんな事件を、かれらは大坂の町に残して去っている。
以上は「俄」文中の一節でした。
万吉は小春のもとにいつ帰って来るのでしょう、次回をお待ち下さい。
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