2012年01月28日
「俄」 読ませどころ 御用盗、西宮に向かう
前回は御用盗の首領、安岡鳩平とその一味についての件でしたが今回は彼らが西宮へ向かう場面です。
以下、司馬遼太郎「俄」より
鳩平たちはこの新町長柄屋に二日流連して三日目の朝、廓(くるわ)を出た。
配下の者には、「今夜、西宮の旅籠十文字屋にあつまれ。三々五々あつまれ。明朝の出船で周防(すおう)の三田尻へくだる」と言いふくめてある。
鳩平は、山金といわれている腕達者の男ひとりをつれて市中を歩いた。
大胆にも天満与力町のちかくまで来、芳花屋という刀屋で大刀一ふりを買いもとめようとした。
「すぐ差料にするからこしらえのついたほうがいい。そちの店ではどれほどの刀があるか」
「へい」と、芳花屋の芳蔵という亭主が鳩平の人体をみて、十五両ほどの新刀をさしだした。
「近江守正勝でございます。二十両と、申しあげとうございますが、目貫(めぬき)が粗末でございますので、十五両頂戴しとうございます」
「百両ほどの刀はないか」
(えつ)と芳花屋がおどろいたのは、その値段の巨額さではない。
そういう雑駁(ざっぱく)な買い方をする相手の態度についてである。
(こいつ、御用盗かもしれんな)芳蔵は、稼業がら、そんな勘が働いた。
「これはいかがでございます」
と、目のさめるほどにあざやかな拵(こしら)えの刀をとりだしてきた。
鞘が、朱と黒の革で蛭巻(ひるまき)につつんだ華やかなものだ。
それに白糸でツカを巻いてあるから、これを帯びておれば遠目でも目につく。
(人目につかせてやれ)というのが芳花屋芳蔵のこんたんであった。
「水心子(すいしんじ)正秀の高弟で大慶直胤(だいけいなおたね)の作でございます。へい、在銘で」と、その刀を手渡した。
刃渡りは、ニ尺四寸五分で、安岡鳩平にはうってつけの寸法である。
鳩平はすらりと抜いて刃文(はもん)をしらべたり重さを掌のなかではかったりした。
「斬れそうだな」
(こいつ、子供のような顔つきをしていやがるが、こんなやつにかぎって大それた人殺しが多いものや)芳蔵はそんな目で鳩平をみている。
「気に入った。購(もと)めるぞ」
「へい、ありがとうございます。ちょうど百両、と申したいところでございますが、冥加(みょうが)として五両、手前が負けたことにいたしとうございます」
「九十五両か」鳩平はふところから二十五両包みの切り餅を四つとりだし、一つを割って五両をふところに入れた。
山金も、ここで五十両の刀を買っている。
そのあとふたりは心斎橋へ出、呉服屋に寄って出来合いの黒縮緬(ちりめん)の羽織をそれぞれ買った。
贅をつくしたつもりである。
そのころ、芳花屋芳蔵は町会所に届け出、その刀の拵えも克明に物語った。
奉行所では色めき立ち、尻無川の一柳藩番所にも通告してきた。
すぐ番所から西宮の万吉のもとに飛脚がとんだ。
御用盗首領安岡鳩平は、山金をつれてそのまま西宮へむかった。
「攘夷というのはいいものだ」
と、神崎川を徒渡(かちわた)りしながら、山金にささやいた。
攘夷というのは「外国を撃ちはらう」という意味だが、この連中の隠語では押し込み強盗という意味につかわれている。
「ええものやな」漁師あがりの山金も満足そうにうなづき、
やがてその顔が卑猥になった。
「西宮の旅籠にはええ飯盛りがいますやろ」といった。
荒仕事をやったあとは、女のことしか考えない。
不安と昂奮に沈静をあたえてくれるのは、思いきって女と悪騒ぎする以外、手がないのである。
「新町では、お通夜の晩におかゆをすすらされたようなもんや」
音もなくすすって息づかいさえひそかにさせられていたことが、山金には不満だったのであろう。
「西宮の十文字屋では思いきって騒がしてもらいまっせ」
「わるい料簡だ」鳩平は首領だけに、自制心をもっている。
「騒ぐと足もとをみられるぞ」「一ト晩だけや。あとは船だすがな」
船で海上へ出てしまえば、まさか幕吏が追っかけては来まい。
「命がけの仕事をやったのや。西宮でもお通夜をせえといわれたら、みなふくれますぜ」
夜、西宮に入り、関所を通過した。
関所ではあやしまれなかった。
その足で十文字屋に入ると、すでに六人が先着していた。
夜ふけてあとの二人が到着し、ぜんぶそろった。
あすの乗船の手配りもした。
「わっ、と騒ごうぜ」と首領の安岡鳩平に詰めよる者もあったが鳩平はそれをおさえた。
「騒ぐな、女も抱くな」と、居丈高(いたけだか)にいった。
一ト晩の辛抱であるといった。
「みな気がゆるんでいる。女を抱けばどんなことを喋ってしまうかわからん」
「女ぐらい、抱かせえや」播州の漁師のことばをまるだしで山金がわめいたが、
鳩平はうんといわない。
「周防の三田尻についてから底抜けに騒げ。三田尻は長州領だ」
長州藩は幕府に対して元治元年以来敵対関係にあり、戦国の割拠主義をとって幕法は長州藩までおよばない。
いかなる犯罪者も、いまや長州にさえ逃げれば安全という状態にある。
むろん、長州にも警吏はいる。
不審の他国者に対してはいちいち宿あらためをするが、そのときは、
「われわれは平野国臣先生の門人で生野義挙の生き残りである。尊藩をたよって攘夷のさきがけたらんとする者」
といえばよろこんで迎えてくれる。
鳩平は、そのつもりでいた。
ところが、おもわぬ事態がおこった。
この夜、夜半から風が吹きはじめたのである。
以上は「俄」文中の一節でした。
風はどちらに見方するのでしょうか、次回をお待ち下さい。
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以下、司馬遼太郎「俄」より
鳩平たちはこの新町長柄屋に二日流連して三日目の朝、廓(くるわ)を出た。
配下の者には、「今夜、西宮の旅籠十文字屋にあつまれ。三々五々あつまれ。明朝の出船で周防(すおう)の三田尻へくだる」と言いふくめてある。
鳩平は、山金といわれている腕達者の男ひとりをつれて市中を歩いた。
大胆にも天満与力町のちかくまで来、芳花屋という刀屋で大刀一ふりを買いもとめようとした。
「すぐ差料にするからこしらえのついたほうがいい。そちの店ではどれほどの刀があるか」
「へい」と、芳花屋の芳蔵という亭主が鳩平の人体をみて、十五両ほどの新刀をさしだした。
「近江守正勝でございます。二十両と、申しあげとうございますが、目貫(めぬき)が粗末でございますので、十五両頂戴しとうございます」
「百両ほどの刀はないか」
(えつ)と芳花屋がおどろいたのは、その値段の巨額さではない。
そういう雑駁(ざっぱく)な買い方をする相手の態度についてである。
(こいつ、御用盗かもしれんな)芳蔵は、稼業がら、そんな勘が働いた。
「これはいかがでございます」
と、目のさめるほどにあざやかな拵(こしら)えの刀をとりだしてきた。
鞘が、朱と黒の革で蛭巻(ひるまき)につつんだ華やかなものだ。
それに白糸でツカを巻いてあるから、これを帯びておれば遠目でも目につく。
(人目につかせてやれ)というのが芳花屋芳蔵のこんたんであった。
「水心子(すいしんじ)正秀の高弟で大慶直胤(だいけいなおたね)の作でございます。へい、在銘で」と、その刀を手渡した。
刃渡りは、ニ尺四寸五分で、安岡鳩平にはうってつけの寸法である。
鳩平はすらりと抜いて刃文(はもん)をしらべたり重さを掌のなかではかったりした。
「斬れそうだな」
(こいつ、子供のような顔つきをしていやがるが、こんなやつにかぎって大それた人殺しが多いものや)芳蔵はそんな目で鳩平をみている。
「気に入った。購(もと)めるぞ」
「へい、ありがとうございます。ちょうど百両、と申したいところでございますが、冥加(みょうが)として五両、手前が負けたことにいたしとうございます」
「九十五両か」鳩平はふところから二十五両包みの切り餅を四つとりだし、一つを割って五両をふところに入れた。
山金も、ここで五十両の刀を買っている。
そのあとふたりは心斎橋へ出、呉服屋に寄って出来合いの黒縮緬(ちりめん)の羽織をそれぞれ買った。
贅をつくしたつもりである。
そのころ、芳花屋芳蔵は町会所に届け出、その刀の拵えも克明に物語った。
奉行所では色めき立ち、尻無川の一柳藩番所にも通告してきた。
すぐ番所から西宮の万吉のもとに飛脚がとんだ。
御用盗首領安岡鳩平は、山金をつれてそのまま西宮へむかった。
「攘夷というのはいいものだ」
と、神崎川を徒渡(かちわた)りしながら、山金にささやいた。
攘夷というのは「外国を撃ちはらう」という意味だが、この連中の隠語では押し込み強盗という意味につかわれている。
「ええものやな」漁師あがりの山金も満足そうにうなづき、
やがてその顔が卑猥になった。
「西宮の旅籠にはええ飯盛りがいますやろ」といった。
荒仕事をやったあとは、女のことしか考えない。
不安と昂奮に沈静をあたえてくれるのは、思いきって女と悪騒ぎする以外、手がないのである。
「新町では、お通夜の晩におかゆをすすらされたようなもんや」
音もなくすすって息づかいさえひそかにさせられていたことが、山金には不満だったのであろう。
「西宮の十文字屋では思いきって騒がしてもらいまっせ」
「わるい料簡だ」鳩平は首領だけに、自制心をもっている。
「騒ぐと足もとをみられるぞ」「一ト晩だけや。あとは船だすがな」
船で海上へ出てしまえば、まさか幕吏が追っかけては来まい。
「命がけの仕事をやったのや。西宮でもお通夜をせえといわれたら、みなふくれますぜ」
夜、西宮に入り、関所を通過した。
関所ではあやしまれなかった。
その足で十文字屋に入ると、すでに六人が先着していた。
夜ふけてあとの二人が到着し、ぜんぶそろった。
あすの乗船の手配りもした。
「わっ、と騒ごうぜ」と首領の安岡鳩平に詰めよる者もあったが鳩平はそれをおさえた。
「騒ぐな、女も抱くな」と、居丈高(いたけだか)にいった。
一ト晩の辛抱であるといった。
「みな気がゆるんでいる。女を抱けばどんなことを喋ってしまうかわからん」
「女ぐらい、抱かせえや」播州の漁師のことばをまるだしで山金がわめいたが、
鳩平はうんといわない。
「周防の三田尻についてから底抜けに騒げ。三田尻は長州領だ」
長州藩は幕府に対して元治元年以来敵対関係にあり、戦国の割拠主義をとって幕法は長州藩までおよばない。
いかなる犯罪者も、いまや長州にさえ逃げれば安全という状態にある。
むろん、長州にも警吏はいる。
不審の他国者に対してはいちいち宿あらためをするが、そのときは、
「われわれは平野国臣先生の門人で生野義挙の生き残りである。尊藩をたよって攘夷のさきがけたらんとする者」
といえばよろこんで迎えてくれる。
鳩平は、そのつもりでいた。
ところが、おもわぬ事態がおこった。
この夜、夜半から風が吹きはじめたのである。
以上は「俄」文中の一節でした。
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コメントありがとうございます。
マンションの維持管理って難しいものですね、
ただ考え方によっては保有しているマンションの資産価値の向上
という様に考えられなくもないですね。
また、機会をみて集会などで気軽な気持ちで言葉をかけてみてはいかがでしょう。
案外とご近所に気の合う人が見つかるものですよ。
いつもコメントありがとうございます
こういうことがあると一戸建てにしておけば良かった・・・と思うこともあります。
でも、マンションにはマンションなりのいいところもあるんですよね。
特に私は独身時代にマンションを購入していますから・・・。
なかなかご近所づきあいもなく、仲間を見つけることも大変です
心ある人と仲間になれるといいのですが・・・