2007年09月27日
「猫との暮らし」

我が家には現在猫が7匹います。黒猫「にゃぐ」以外はみんな「福」母ちゃんから生まれた兄弟です。
子供の頃から動物は好きでしたが何故か猫には好かれませんでした。おまけに我が家の猫はどの子もみんな短命で、家族から「内には寅年の人間が居るから(私のことです)、虎が猫を追い出してしまう。」と言われ「猫より犬の方が良い」と思い続けていました。
パタゴニアに暮らし始めてからも、犬との生活が私の中心でした。それが変わったのは、焼き物で我が家の犬をモデルにした小物を作っていた時、「猫は作らないの?私は猫が好き。」とおっしゃる方が思いの外多く、それならと、我が家の猫達をじっくり観察するようになってからです。
当たり前のことですが、猫にはみんなそれぞれ個性があり、相性もあり、付き合えば付き合うほど楽しく面白く可愛くなってきました。
「福」が生んでくれる子が可愛く、一時は15匹の猫達と暮らしていました。でも産まれた子を養子に出すのが辛く、命のやりとりをしているようで心苦しく、申し訳ないけれど雌にはみんな避妊手術を受けてもらいました。
今の時期は、オス猫「にゃぐ」「福時」「福ヒゲ」が部屋のあちこちにマーキングをしてその掃除に大わらわですし、毛が抜け替わる時期なのか服も椅子もどこもかも毛だらけで、食事の支度の時はとても気を使います。
でも「もう!いい加減にして!」と怒鳴ることはあっても、「もう猫なんかいらない。」とは決して思えません。それだけ私の暮らしの大切な位置を占めているのです。
人とのつきあいに疲れて落ち込んだ時、ベッドの上でお兄ちゃんの「福時」と妹の「たみっこ」が仲良く丸くなって寝ている姿を見るだけで、「ああ、お前達は本当に仲が良いね。見ていて気持ちが良いよ。みんなそうやって仲良くしなきゃあね。」と自然に優しい温かい気持ちになれるのです。
猫はペットではありません。私には掛け替えのない仲間で、家族で、大切な事を教えてくれる師匠なのです。出会えて良かった。側に居てくれてありがとう。ほわほわの体を抱くと、優しい命の温もりが伝わってきます





2007年09月26日
春が来た

今まで「時子のパタゴニア便り」で、四季折々に感じた事を取り留めもなく書いてきました。夫は「読むと気持ちが暗くなる。」などと言いますが、まあ、もともと根暗な私は「いまさら明るく元気になんか、なれないよ〜。」と開き直って思うまま感じるままを素直に書いてきたつもりです。 さて、今回夫の努力で弊サイトが一新されました。そこで、「時子のパタゴニア便り」では主に、私達が行ったパタゴニアの町と自然を独断と偏見で紹介させて頂くコーナーにし、新しく「私流移住スローライフ」として私(時子)の、「のうじょう真人」での移住生活のあれこれを書いてみたいと思います。 楽しいことや感動したことは勿論、落ち込んだり怒ったりした事も、その時その時の正直な気持ちを「のうじょう真人」の四季を織り込みながら書いていきます。 また夫の「嫌だねえ〜暗い話。」と言う声が聞こえてきそうですが、気にせず気儘に続けさせて頂きます。皆様のご感想など、お聞かせいただければ幸いです。


私はずっと春が苦手でした。これは小学校の頃からの後遺症です。引っ込み思案の私は新学期、新しい先生にも級友にもなかなか馴染めず、友達も作れず、よく泣きながら一人で帰宅していました。 温かいふわりとした春風に吹かれると、この年になってもあの時の寂しさや不安が思い出されて胸が締め付けられるのです。 でも最近はそんな切ない気持ちよりも、「春が来たなあ」と嬉しい気持ちの方が勝るようになりました。 おみそ汁の具となるタンポポの葉を探す楽しみ。その葉が日に日に大きく沢山になっていく感動。 水仙が新芽を出し始め、ゆっくりと延びていき、やがて堅い蕾となる生命力。農場でどの子が一番に花開くか想像する楽しみ。 撒いた麦や空豆を「いつ芽が出るかな?」と心待ちにし、まだ何もない地面に麦や豆がたわわに実っているのを思い描く楽しみ。 オス猫の福ヒゲが「アオアオ」騒ぎ出すその声の面白さ。 アカゲラがやって来て、木の幹をつつく軽やかな音を聞く喜び。 日溜まりで犬達が空に向かって足を広げ日向ぼっこするかわいらしさ。 外に洗濯物を干せるようになり、取り込む時のお日様のほかほかした香。 アンデスの山の雪が少しずつとけていき、毎日山の表情が変わって行く雄大さ。 9月は温かい日が続いたと思ったら、朝氷点下にまで下がる日もあります。それでも、「春が来たよ」とささやく多くの声を聞こえる様になった自分がとても嬉しいのです。