2007年11月19日
「風の音」
パタゴニアは風で有名です。特に今の季節、春から初夏には強烈な西風が吹き荒れます。
日本に住んでいる頃、私は風が嫌いでした。特に冬の空っ風は寒く冷たく外に出るのが嫌でした。またパタゴニアに暮らし始めた当初も、大木をなぎ倒してしまう程の強風に恐怖を感じていました。
でも、今は風が好きです。
農場に吹く風は、ほとんどいつもアンデスの谷間から吹き付ける西風です。風が吹くと、私はその冷たい空気にアンデスの雪を感じます。誰も踏んでいない山頂の雪を、この風だけが滑って来たんだと思うと、なんだかとても気持ち良く楽しくなるのです。
風が木々を揺さぶる音も大好きです。この15年で見違えるほど大きく育った松、ポプラ、柳、ラダールが風に合わせて枝を揺さぶりごうごうと鳴ります。自然農法でこの大地にしっかり根を張った木だから、私は安心してその姿を眺める事ができます。
強風の日は時々停電をします。私は停電も好きです。いつも電気を当たり前に使っている自分を反省し、電気の有り難さや大切さも分かります。と同時に、電気に頼らない暮らしを目指そうと強く思うのです。
風に舞う果樹の花びらやたんぽぽの綿毛も、とても綺麗で嬉しくなります。風に乗って舞う花びらや種がコンクリートやアスファルトの上に落ちないように、この土の大地を守っていきたいと強く感じるのです。
私達は窯焚きの時温度計は使わないので、色味の引き出しをします。それを鈴の形に作り、最近風鈴にしてみました。毎回の窯焚きで最低3個は色味の為引き出します。それがいつの間にか貯まっていたのです。
鈴は焼き具合の違いから、それぞれ違う音がします。パタゴニアの土で作り、農場の松で焼いた風鈴が、パタゴニアの風に答えるようにちりんちりんと鳴ります。鈴は魔よけにもなると何かの本で読んだ記憶があり、私は農場の散歩道にその風鈴を吊しました。
朝夕の散歩の時は勿論、薪集めや山菜キノコ探しの時も、風の度、色んな音色で私を包んでくれます。
パタゴニアに暮らして、風を好きだと思える様になって、風の色んな音を楽しむ事が出来て「幸せだなあ」と思えるのです。

2007年11月13日
「お誕生祝い」

5年前の9月、中学の時の親友に男の子が産まれました。あの当時はまだ連絡は手紙だけでした。日本には早くても一週間、時には3週間もかかり、運が悪いと届かない事もありました。ですから彼女から聞いた出産予定日が近づいても、私はただそわそわするだけでした。
たまたま実家に電話をした時「○ちゃんに男の子が産まれたよ」と父から聞き、とても嬉しかった事を覚えています。現在もですが、我が家には電話が無く、日本への連絡は手紙と、時々私が電話局から実家にするコレクトコールの電話だけでした。
彼女は一番早く私に連絡が届く方法を考え、実家に電話連絡してくれたのです。
私は貧乏臭いのかケチなのか、お金で物を買って贈ることがあまり好きではありません。でも、「贈り物を自家製の物にするのは相手に失礼」と言われてからは、お祝いやお土産にいつも頭を悩ませていました。
けれども彼女へのお祝いは決めていました。
9月はこちらでは春です。私達が播いた種や鳥が運んだ種から果樹の芽が出始めていました。
わたしはその中から、小さいけど、一番形の良い元気で腕白そうな発芽したばかりの「りんご」を彼女の息子に贈ったのです。勿論りんごの苗木を郵送した訳ではありません。
「△くんと同じ年、同じ月生まれのりんごを記念樹に贈ります。15年位したら実が着くはずです。その時は必ず家族で食べに来て下さい。」と写真を同封した手紙を送りました。
案の定、彼女は大喜びしてくれました。そして毎年私が送る写真と落ち葉を楽しみにしていてくれます。今では彼女の息子も「アルゼンチンのりんご」の意味を理解しているそうです。
3cmにも満たなかった小さなりんごが、今では1mは優に越え、全体を上手く撮るのが難しい程成長しました。
遅霜に焼かれたり夏の大乾燥にあったりと苦労が耐えませんが、野ウサギ防止だけはして、あとは自然に任せています。過保護に守るよりその方が丈夫に大きく育つと確信しているからです。勿論、「福岡正信先生の自然農法」で肥料もやらず、草刈りもせず、剪定もしません。
りんごはりんごで誰の物でもないけれど、こうして遠い日本から成長を楽しみにしてくれる人達がいて、そんな思いをかけてもらっているりんごと同じ大地で暮らせる事が嬉しくて、こんな豊かな気持ちを与えてくれる友人とりんごに「ありがとう」と感謝しているのです。




2007年11月07日
「松の発芽」
窯場の入り口に盆石を飾っています。直径30cm程の小さな素焼きの器に、エプジェン村の白い砂(火山砂)を敷き、乾燥地で見つけた火山岩を乗せていました。
10月の末に190回目の窯焚きをしました。窯焚きが始めると、夫は2日目に3時間程仮眠するだけであとはずっと窯場にいます。私も食事を運んだり、様子を見たりで時々窯場へ行き、煙突から炎が出始めると二人で窯焚きをします。その時間は3時間の時もあり、6時間の時もあります。
今回の窯焚きはいつもの窯詰めの方法を大幅に変えたので、炎の走りや内部の明るさが気になり、窯場に居る時間がいつもより多くありました。
最終段階に入ると温度計を使わない私達は、中の作品の光具合、炎の色や走り、釉薬の溶け具合などを頻繁に目で見るため、窯の前に張り付いています。でも今回は私はその段階の前から窯場に居たので、いつもよりゆとりがありました。
そして窯場に飾ってある盆石を本当に久しぶりに見たのです。
「あれ?なんか出ているよ。」
石の脇に小さな緑の芽が数本でていました。一つはまだ頭に種を被っています。双葉でもなく、不思議な植物でした。
「これ何だろう?」
私の質問に夫が薪を足した後、盆石を見にやって来ました。
「ああ、これ“松”だ。こんな所に種が飛んできたんだ。自然の盆栽になるなあ。」
「へえ〜。そう言われれば松だ。発芽したばかりの松なんて見たことなかったから分からなかった。可愛いねえ。」

我が家には松が沢山あります。ここでは松は全て植林から増えたものです。余程この気候と土が合うのか、成長も早く、種からドンドン増えていきます。
私はここに来るまで、木を種で播くという事を思いもしませんでした。木は苗を植えるものだと思い、その苗がどうやって育ったのかには全く関心がありませんでした。
でも、故西岡常一氏の「木のいのち木のこころ」という本に出会い、自然の森を増やそうと思ったなら木も種から播かなければいけないと知ったのです。
木を植林していくと、種を播くより見た目はずっと早く森になります。でもその木は本当の寿命の半分しか生きられなく、生命力もずっと弱いというのです。
こちらの人は種から松が増えると「松の侵略」と言って嫌います。でも私達は例え自生の木でなくても、種で増えた松はとても尊いものだと思い大切にします。
盆石の上の小さな場所に芽を出した松。本当は大地に芽を出させてあげたかったけど、これも何かの縁。抜き取ったり、植え替えたり、大きくなった時剪定したりせず、自然にまかせ、この子達の成長を見守っていきたいと思っています。