
今回も前回に引き続きアンデス山脈の一つペリートモレノ岳について。
2216mの山ですが断崖絶壁の山頂に立つにはかなりの熟練が必要な為、私達の行ける山頂手前の万年雪までだと2000mも無いかも知れません。しかも高原台地までの斜面がスキー場開発の為、原生林が大伐採されてしまっています。ですからパタゴニアの登山としての醍醐味には欠けてしまう気もしますが、私達はこの山が大好きなのです。
第一に高山植物の種類が他の山に比べ多い事です。雪解けの12月初めから新年までの短い期間に、白や赤、ピンク、黄色などそれぞれの植物が花を咲かせます。高山植物のお花畑という光景にはほど遠いですが、岩場の中で「あっ、ここにも。あっ、あそこにも」と小さな花を見つけると心が和み、「よく頑張ったね。綺麗だね。」と声を掛けずにはいられません。
第二にイエローアスール岳(2270m)、ピルテュリキトロン岳(2284m)、アスール渓谷など近郊の山々は12月から3月までは人で溢れているのですが、ペリートモレノ岳はスキー場として力を入れているためか、夏は町から山までの公共の交通手段が無く、登山客が驚くほど少ないことです。人が多いのもそれなりに楽しいのですが、自分のペースでゆったりと静かに楽しんで登る方が私達には合っているのです。
第三に高原台地を越えたら、大万年雪のある斜面や、チリ側のアンデス山脈が連なっている雄大な風景、雪解け水の豪快に流れる滝など変化に富んだ登山が楽しめることです。
そして私が何よりも気に入っているのは、この山でオタマジャクシ、野鴨、アカゲラ、コンドルに出会える可能性が高いことです。
別にパタゴニア特有の野生動物では無いのですが、この厳しい気候の中で生きている動物達に出会えるのは本当に嬉しいのです。
特に私には「野鴨」一家との忘れられない出会いがあります。
それはもう数年前、この山への2回目の登山で高原台地の手前の岩場に辿り着いた時です。
ほっとして大岩をひょいと越えようとしたら、なんとその岩の反対側に野鴨一家が日向ぼっこを楽しんでいたのです。こちらも驚きましたが、野鴨一家はもっともっと驚いた事でしょう。間近で見た2羽の野鴨は予想以上に大きく、まだ満足に飛べない雛が5羽ほど居ました。パニックになった雛たちが騒ぎながら群れて逃げて行きます。「申し訳ない」と言う気持ちと「可愛い」という気持ちでその雛たちを目で追っていると、雛とは反対方向で突然「ばたばた」と羽音がしました。「何事か」とそちらへ目を移して驚きました。一羽の親鴨が残雪の上でのたうち回っているのです。
その親鴨は暫くそうしてのたうち回った後、突然すっと立ち上がり飛び去って行ったのです。その変わり身の鮮やかなこと!
「あっ」と思って雛たちの居た岩を見ると、すでに姿は見えず気配さえも感じませんでした。
親の偽傷行為だったのです。テレビで見たり本で読んだりして知っていたのに、親鴨が飛び去るまで、それが偽傷だとは気づかない程鮮やかな演技でした。そして涙が出るほど感動したのです。自然の中で生きるという事は、こうして命がけだけど愛情に満ち溢れて居ることなんだと教えられたのです。
観光開発でメチャクチャにされる自然。目を反らす事は楽で簡単だけど、私は切り倒された原生林に「ごめんね」と詫びながら、大切な事を教えてくれたこの山に登り続けていくつもりです。
トレッキングガイド
山小屋から高原台地までのスキー場林道登山約3時間。
高原台地から万年雪の岩場まで約2時間。
高原台地からチリアンデスの見渡せる断崖まで約2時間。
蛇足ですが、二羽居た親鴨の内の一羽(おそらく父鴨)は、いの一番に飛び去りました。