日本人女性よ!
日本人女性は引っ込み思案。
いい子ばっかりになっている。
悪い子になれない。
ちょっと悪い、「私悪い子になちゃうもん!」といえる女のこの方がズットかわいい。
また英語感覚を理解した日本人女性は、外国人から東洋の神秘と思われる。
信じれなく美しい、黒い髪・黒い瞳、すごく貞淑で、料理がうまくて、とてもいい奥さんになるとアメリカ人などから思われている。
もったいない!
日本人女性よ!
英語を勉強しなさい。
1週間に2時間とか言うのではなく、1日に5-6時間を3ヶ月、これで片言は話せるようになります。
知恵
知恵と知識は異なる。
答えのある問題を解答してゆくのは、知恵によるものではなく知識によるもののようだ。
これでは、応用は利かない。
新しい問題に対応できない。
ある商社では、新入社員に
1.南極から氷山を船で曳航してきて、東京で売るには?
2.アフリカ原住民にブラジャーを売るには?
などといった課題を与えて、チームで問題解決、プレゼンといったことを練習させていることは有名である。
知恵は、脳の前頭葉で構築され、知識は、後頭部に蓄えられる。
知識をいかに蓄えても知恵は生まれない。
人間の脳的にも異なるものなのだ。
このことを現在の大学が認識し始めている。
答えのある問題を大量に解かせる問題とは異なる教育だ。
松屋がBSE問題で牛肉の差し止めをクラッタ時に、松屋社員がすぐ中国に飛んで、豚の買い付けをし豚丼を出した。
電光石火でひらめき、人間の英知を駆使して、対応してゆかなければならない問題も多い。
ある算数の教師が、25*12はといった。
これを12に100を掛けて4で割った。
これが知恵である。
現在問題解決が主な会社業務では、知識はノリッジデータベースに格納され、知恵を働かす活動をしている。DBとインフォメーションとインテリジェンスの連携である。
DBとの間のインフォメーションを大量に発生させ活性化して、インテリジェンスを生んでいく。
こうできなければ、利益率の低い会社となってしまう。
昭和をつぶせ!(老孝明の説)
平成の時代の前の時代が昭和。
昭和の時代は本当に平和で人々が幸せの時代であったのか?
カラーテレビ、洗濯機、自家用車、マイホームが手に入り、物に目のくらんだ日本人が幸せと思った時代。
人々は、会社で小間使いのように使われ、宗教・政治・経済を会社で話題にするとクビになった時代。
豊食・バブルを経て、平成に移った。
平成で結構つらい思いをした日本人がレトロ昭和などと言っているが、私は、会社がウエルエヂュケーティドを理解しないし、排除していた時代だと思い、こんな時代は古臭いと思う。
ウエルエヂュケーティド、宗教・政治・経済・科学・工学・陶芸・芸術・美術・男・女・性科学・生活・暮らしなどについて堂々と意見を言えて初めて、人間を認めたと言う気がする。
1990年代にパラダイムシフトが世界中で起こり、世界観がガラッと変わっているが、このパラダイムがダイダラボッチ(大太郎法師)の正体。
このダイダラボッチは,パラダイムが固まってくると現れるウンコの大巨人。
つぶせ!
昭和の時代、特に宗教について何も言えなかった日本人は本当にかわいそう!
信がない!
こんな奴、世界にはフヌケと映る。
日本には、天照大神(アマテラスオオミカミ)・日本武尊(ヤマトタケルノミコト)・神道・不動明王・風神・雷神・閻魔大王など数限りなく宗教に関する事柄が存在する。
いたるところに神様がいる八百万の神の説やいたずらな神様・悪いことをする神様をお供え物をして良い神様となっていただく説など日本独特の宗教観もある。
特に神道を祭っている靖国神社は、日本人の心のよりどころであり、東条英機を祭っているところから問題視されるが、本当の意味合いは、神道にある。
国の宗教のシンボル的存在なのだ。
ダイダラボッチが現れ、人々が苦しくマンネリ化してくると、ダイダラボッチを倒す英雄が現れる。
このことを宗教は、予測している。
みんなでパラダイムシフト後の昭和回顧は少々にして、新しい平成をつくろうではないか!
もう平成も終わりに近いが、まだ昭和を引きずっている感がある。
みんなで変えよう!
ダイダラボッチをつぶして、一面のお花畑を作ろう!
新しい価値観による人間を認めた幸せをつかもうではないか!
AV
エッチを認める。
AVを認めますか?!!!
AVの女の子は、性器を口でしごいたりして、精液が顔に付いたりします。
汚いですか?!!!
なぜ汚いですか?!!!
人間の脳は、原始脳と大脳に大きく大別され、原始脳は主に本能を司っています。
研究や知的生産活動をする際には、脳下垂体から分泌されるアドレナリンが必要です。
このアドレナリンが、人間の情熱や根気や勇気や熱心な心を生かしてくれることが、現代の生化学から分かってきています。
研究者などは、このことからエッチであることがよいように思われます。
スケベ心も研究のうちです。
また現在女性の社会進出の機運も高まって支援する運動がおきていますが、女性を女性として認める、すなわち、女性のシンボル、おっぱい・クリトリス・バギナを認める必要があります。
理化学研究所も今や生命工学・生体工学・生命科学に研究の中心を移していますので、一流の研究者が、女性・男性の性の部分を正しく認めていく必要性があります。
東大・京大の博士号を持った人たちも、このことは避けて通れません。
極端なことをいえば、オフの日に女の子とセックスをするとかAVビデオを見るとか、性の満足感を得ることが必要です。
そのことで、「おおらか」で「住みやすい」日本を作っていくことにつながると思います。
東大生産研RSS21ソフトウエア開発について思うこと!
東京大学生産技術研究所のRSS21プロジェクトは、数本のソフトウエアを生み出し、改良中である。
ここで、こう思う。
小さな改良は、大きな改善にはつながらないということ。
いかに小さな改良を続けても、これもこれもといくらでも改良点が出てくる。
ここで提案。
加藤先生も依然言っておられたように、「重厚長大」に挑戦するということ。
FrontFlow/blueもプラント配管内流れやプラント回転機回り流れにしぼって、実証計算を進めては、いかがかと!
熱・二層流・化学変化、これらの問題をクリアしなければならないが、文部科学省から数十億の研究費をいただいて、プラントメーカー例えば日揮・千代田化工・東洋エンジニアリング・IHI等に1,000万円の研究費名目で参加していただきデータを出してもらい、実証計算を進めたらどうかということ!
20社で2億、実証計算で十数億、後は経費。
大きな目的をドンドンドンと立て、そこから小さな工程を書いてゆく方が実用的だし、20社あれば
FrontFlowのいい実績となるであろう。
ボーダーライン2
間違っていることに気が付いた。
しかし直せない。
ほとんどの場合が、直せないのが現状。
悲しきかな、人間の心理。
気が付いてすぐ直せばよかったのに、時間が経てば経つほど、直せなくなってゆく。
直すということは、一歩前に踏み出すということ。
その恐れから、直せない。
前に踏み出して、後戻りできなくなったらどうしよう、その恐れ。
このことを以下に克服して、前に踏み出すかが重要。
勇気と決断を持って。
男・女にとっても、身にしみて分かることだろう。
前に踏み出してよかったかどうか?
ボーダーライン。
高精度
どこに解があるかわからない。
こんな時どうしますか?
どうしたら良いでしょうか?
1次元、2次元、3次元と次数に次元空間を決めて、初めは結構バラバラにプロットしてみる。
それをある法則を使って、修正させてゆく。
少しづつ解を修正収れんさせて行き、落とし所を決める。
2つのプロット、3つのプロットを同時に動かして、収れんするかどうか?!
ここに解がなければ、別のプロットをいじってみる。
解があるかどうか、また不定かどうかわからないときは、軸変数を変えて試みる。
解が1つ、2つ、3つまた多軸多様な時は、同じように試みて解の群を決めたりする。
すなわちゾーニングする。
または、勘と経験で決め打ちしてゆくことだ。
悪は善にかつ?
悪は善にかつ!!!???
悪党は本当に強い???
政治家なんかで悪党は、イッパイいて本当に暗躍しているけれども、本当に悪は強いのか???
悪いうわさは、良いうわさよりも10倍広まる。
よい事を10個やっても1個シュッパイがあると悪く評価される???
悪い事は、こんなに強いイメージを持っている。
でも!!!
映画なんかでは、スーパーマンは最初はこっぴどく悪にやられるけど、最後は大勝利。
悪は、善の引き立て役。
最初は強い、でも最後は、ミジメ。
それが、悪。
悪は悲しい、いつもヒーローを夢見てシュッパイ、それが悪。
いい事をしよう、善とはいわないが、いい事をすればそれが皆自分にかえって来る。
この事を信じよう。
エッチ
「Schalkeさんすごいエッチーーーー」
と田舎のおばあちゃん。
私は答える。
「ありがとーおー」
「商売繁盛ー」
頭のよさ
頭のよさと性格は比例すると思う。
金持ち、地位が高い、エライというより親切、優しい、賢いが優先する時代に本当の頭のよさとは?
幸せの性格、人にありがとうをいう精神、感謝の精神、もったいないという精神、いろいろあるけれど
魔法の言葉をいうこころ構えが、ツキを呼び、頭のよさを呼ぶ。
魔法の言葉とは、
ありがとう!
どういたしまして!
どうも!
Thank you!
など。
この言葉をいつもいうよう心がけると幸せの性格が見にツキ、頭のよい結果が訪れる。
人にこんなに感謝されているというのだということが、どれだけ自信につながるかわかるだろう!
人が幸せになれるかどうかが、頭のよさだと思う。
勉強ができるのではないと思う。